『アクメノイド・イリア』そして……ゼロから始まった催眠オナニー音声への道程
学生のころ、アルバイトしていた喫茶店で、たまたま手にした週刊誌で古代インドのタントラの秘法といわれるエナジーオーガズムの記事を読んだ。それは、局部にまったく触れることなく女性のオーガズムを男性が味わうことができるという秘術。そんな快感があるのかと思ったが、なかなかたどり着くことはできなかった。
エネマグラが日本に輸入され始めた頃、これならと思ったが入らなかった。いつか、その快楽を味わうことができるのだろうか。時折、悶々としていた頃にであったのが、催眠オナニー音声だったのだ。
覚えたばかりのドライオーガズムの快感に、何度も布団の上で震えていると、また探究心が沸いてきた。いったい、どういう仕組みで催眠状態になっているのだろうかと思った。もし、それがわかれば、自分でも作品をつくったら、面白いんじゃないだろうか。軽い気持ちで、当時、愛好者たちが情報を交換していたウィキや2ちゃんねるのスレッドに出入りして知識を深めた。
当然、それだけでは足りない。専門書を買い揃えて、催眠術の理論を一から学んだ。同時に、名作という作品を聞きながら書き取りした。
いつもは聴いているだけの音声を、自分で書き写していく。そうすると、催眠へと至る理由が次々と血肉になっていった。なぜ、ここで、この言葉を使うのか。ここの微妙な間は、どんな役割を果たしていくのか。全体の構成が、どのように流れていくのか。
学習を重ねながら、音声の準備も始めた。ちょうど「ボイスロイド」という読み上げソフトが普及しつつあった。調整には時間がかかるが、思った通りに読み上げのイントネーションや速度を調整できるソフト。フリーのスクリプトを読ませてみて、実験してみると、ちゃんと催眠状態に陥った。それで、安心して制作に取り組んだ。
約100時間あまり。日数にして1カ月あまりの作業は、石橋を叩いて渡るようなものだった。スクリプトを少し書いては、暗示が入るかを試す。入ることがわかれば、次のステップへ……。
試行錯誤を経て、2011年2月に『サイボーグ改造手術催眠』を発表した。スクリプトもゼロから書き上げた初めての作品。設定は「秘密の研究所でナノマシンによる改造手術を受け、サイボーグにされてしまう」という、自分のやりたいことを全開にしたもの。どんな評価を受けるか。当時は盛り上がっていた2ちゃんねるのスレで、自分で宣伝もしてみた。
それにどれくらいの効果があったかはわからないが、ダウンロード数は予想したよりも多かった。ブログに感想のコメントを寄せてくれる人も出てきた。そのひとつひとつに丁寧にお礼をしていると、また次の作品を作りたくなった。
同じテイストの作品ではない。まだ、誰も作ったことのない、まだ見ぬ何かを目指すためへと導いてくれる作品を。
その年の9月までに5作品を発表した。その5作目で、ついに声優に依頼した。つくり始めた時から、いつかは声優さんにお願いして作品をつくろうとは思っていた。ただ、それには資金も必要。それに、自分の実力はわからなかった。でも、いくつかの作品を発表したところ、無視はされなかった。実際にドライオーガズムに達することができた感想や、感謝の声を寄せてくれる人もいる。
初めての挑戦だった『女体化・レズ・おもちゃ責め催眠』も好評だった。何より「ボイスロイド」の経験があったので、声優に演技の指示をするのも問題にならなかった。パソコンに向かって、読み上げのスピードを速めたり、音の上げ下げを変えている。それを同じような指示をシナリオに書けば、プロフェッショナルの声になって返ってくる……。
12作目の『ヴァーチャル電気拷問催眠』を発表したのは13年の7月。ここで、自分のハードルを一段上げた。始めて、有償頒布を試みたのだ。これは、単にお金を取ることになっただけではない。それまで、制作と並行してブログでは自信が試した作品のレビューも公開していた。多くの作品の中には技術的に拙い作品もある。でも、催眠オナニー音声を知った頃、まだ愛好者は少なく、例え拙い作品であっても、レビューなどを通じてネガティブな評価を下すことを嫌う身内意識があった。その状況を打破したくて、レビューをしていた。だが、自身が有償頒布を始めるには、そうしたレビューをやめなくてはならないと思っていた。
「始めた頃と違い、いくつかの信頼できるレビューサイトもできている……」
潔く、それまでのレビュー記事をすべて削除した。
その覚悟が伝わったのか。『ヴァーチャル電気拷問催眠』にも次々と好意的な感想が寄せられた。それが糧となって、作品制作の手は止まらなかった。夏のコミケで頒布予定の『男の娘・コスプレセックス催眠』は26作目の作品だ。
代表作は『アクメノイド・イリア』ということになっているけれども、それも集大成ではなく、途上の作品だ。「催眠を使って、こんなことはできないか」そう思ったら、すぐに制作に取りかかる。アダルトビデオを観賞しながら、画面の中の女優と感覚を一致させられないかと思って『AV催眠』をつくった。音声だけでなく映像を組み合わせたら、もっと違った快楽のスイッチが入るのではないか。そう思って出来上がったのが蠢く断面図を組み合わせた『エイリアン・アブダクション』。
こうして、1000円前後で頒布される彼の作品は一作品あたり何千本も売り上げる人気作となったのだ。
「いつもどうやって、スクリプトを?」
「冒頭の<この音声は催眠ボイスドラマです>という説明から順番に、効率はよくないですね」
「書くときは考えながら?」
「けっこう勢いでつくっていますね」
「だから、尖った作品も多い」
「先につくったら、追随する人が出てきてくれるかと思って」
「自分がつくりたいようにつくってる」
「お恥ずかしい話ですが、その通りです」
「人気作の続編とかは」
「考えていません。やっぱり、同じは嫌じゃないですか」
「目指しているのは……」
「上ではありませんね、目指すのは」
Skypeの向こうの見えない相手に、私は興味深く相づちを打つ。
「……目指すのは、常に違うことに挑戦することかな」
(取材・文=昼間たかし)
催眠オナニー・同人音声の日記
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