『アクメノイド・イリア』そして……ゼロから始まった催眠オナニー音声への道程
「たくさんの人が買ってくれて嬉しい?」
私が訊ねると、彼が答える。
「それは、もちろん」
「でも、もう儲かっている?」
「それは否定しないけど、それよりも自分の聴きたいものを、評価してもらえるのが嬉しい」
「やはり、自分が聴きたいんだ」
「お恥ずかしい話ですが、自分がつくりたいものをつくっているかな」
「では、売れ行きは気にならない」
「いえ、でも売れたほうがいいな」
「それはどうして?」
私が訊ねると、彼は言った。
「もっと多くの人に、ドライオーガズムを体験してほしい……」
ダウンロード販売が主となる催眠オナニー音声。さまざまな工夫が凝らされた音や言葉を用いて、催眠状態にして性的快感を与えようとする音声作品群。その中に『アクメノイド・イリア』というロングセラーになっている作品がある。
もう、発売から2年近くになろうとしているのに、いまだに数字を伸ばしている。常に新しい要素を盛り込もうと、制作者が切磋琢磨するのが催眠オナニー音声の世界。その中でも、この作品は飛び抜けている。聴き手は、物語のヒロインとして性的な快感を味わいつつ物語を楽しむという、2つを同時に体験できるのだ。
あなたは不思議な物語に身を委ねるうち、その主人公である少女イリアになってしまったように感じる。イリアは姉を助けるため、特殊な発振水晶を子宮に埋め込まれたアクメノイドとなり、亜空間迎撃機インターセプターに乗り込む。しかしそれは、終わる事のないアクメ、連続アクメ地獄の始まりだった……。
催眠状態の中で味わうのは、イリアとしてのアクメ。そして、王道スタイルのSF物語としての面白さ。そんな作品の担い手である「やんさん」あるいは「スク水さん」と呼ばれる人物が何者かは、取材を終えた今でもわからない。
時折、Twitterで気合の入った女装らしき写真をアップロードしている。でも、顔も素性もすべて不明。コミックマーケットのたびに新作を頒布しているけれども、制作者自身に会うことはできない。
彼か彼女か……この人物は、完全な覆面作家なのだ。
今回の取材でも、コンタクトをとった私は、丁寧な文面で「会うことはできない」と告げられた。「対面を非常に重視されていることは重々理解しております」と、私に気を使った上で、作品やTwitterで用いている人格は、ネット上で作られたものであること。だから、制作活動を行う上での最低限のコミュニケーション以外では、誰にも会ってはいないのだと。その上で、Skypeであれば、インタビューを受けることは構わないというのだ。
そうであっても、ぜひ、この人には話を聞いてみたいと思った。なぜなら、催眠オナニー音声を愛好する人たちの中で「やんさん」あるいは「スク水さん」と呼ばれるこの人物の作品は、新作が発表されるたびに話題となる秀作ばかりだからだ。
昨年冬のコミックマーケットに併せて発表された『精通~生まれて初めての射精』では、タイトルが示す通り、未知の快感を初めて知る時の感覚を、聴き手に思い出させて興奮させた。今年の夏コミで発表を予定している『男の娘・コスプレセックス催眠』も、どんな作品になるのか。タイトルも相まって期待する者は多い。
でも、もちろん名手といえども、最初から名手だったわけではない。彼のブログ『催眠オナニー・同人音声の日記』では、まったく知識ゼロのところから、作品をつくってきた努力の過程。それが評価されることへの感謝や喜びの心情が綴られている。
催眠オナニー音声は、数あるエロスの中でも、ひときわハードルの高いジャンルである。聴き手がイヤホンをして、耳に入ってくる音だけで催眠状態にして、性的快感──とりわけ人気なのは、男性に本来は女性しか感じないドライオーガズム──を、体験させることにある。だから、催眠の技術やテクニックは欠かせない。それを読み上げる声優への依頼や演技指導。スクリプト──すなわち、シナリオを書き上げる情熱も。それをゼロのところから初めて、次々と人気作を制作するところまで至っている。その情熱の過程を、訊ねてみたくない者などいない。
こうして、Skypeで彼と会った。ネットの向こう側から聞こえてきた声は「彼」なのだが、もしかすると、それも工夫で実は美少女が声色を変えているのかも知れない……。ふと、そんな考えが頭をよぎった。そして、そんな神秘性が、より作品と作者の魅力の源泉になっているのではないか、と。
発端は、偶然だった。2010年9月頃、ダウンロード販売サイトで自分の興奮することのできるエロい作品を探していた彼は、股間にピンとくる絵柄の作品に出会った。よく見るとそこには「催眠音声作品」という説明があった。CG集かと思ったが、そうではないのか。その時は、興味なく残念な気持ちでページを閉じた。でも二次元のエロい作品が数多販売されている中での「催眠音声」という言葉が、なぜか心にひっかかった。調べて見ると、催眠で性的興奮を得るというジャンルがあることがわかった。
「へえ、そういうものがあるのか」
納得はしたけど、まったく信じていなかった。でも、もう少し調べると、それは科学的に確立しているもので、間違いなく効果があるという説明を見つけた。うさんくささを感じながらも、無償で配布されているものを見つけて、ダウンロードして聴いてみた。49氏の『処方箋』という作品だった。
布団に寝転がって、イヤホンをつけて再生ボタンを押す。一発で、催眠状態になり未知の快感に没入してしまった。
一気にハマってしまった。どんなところでも催眠にかかってしまうのか。ちょうど仕事で飛行機に乗る機会があったので、離陸と共にアイマスクをして再生ボタンを押した。「お客様の中にお医者様は~」とはならないまでも、それに近い状態になった。
これは本物だと思って、無償・有償かまわず次々とダウンロードして試して見た。半年で50本弱。当時、頒布されていたものの、ほぼすべてはだいたい購入し試した。
「こんな世界があるんだ」
自分がサルのようだと思っても、快感を貪りたい衝動を抑えることなどできなかった。
催眠オナニー音声作品の多くは、快感へ導く方法として、マゾヒズムを喚起したり、女体化する設定を用いている。もともとそんな嗜好はなかったが、聴いているうちに目覚めてしまった。なぜなら、それによって得られるドライオーガズムは、ずっと追い求めていた快楽だったからだ。
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