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偶然から始まった世界の同人誌即売会で本を売る日々……旅するマンガ家・魔公子の語る旅と人生

 今では日本から参加するサークルが100を超えるファンシーフロンティア。でも、当時はまだ10に満たない。珍しがられながら頒布をしていると、一人の男がやってきた。

 中国語話者特有の、少し訛りはあるけど、聞き取りやすい上手な日本語。男は、香港からやってきたサークルだという。しばし、楽しく交流していると、ニコニコしながら、誘いを受けた。

「香港でも同人誌即売会はあるんだ、来ないか? 案内してやるよ」

「いいね、行くよ!」

 即決であった。

 しばらく後、初めての香港への旅は、なんのトラブルもなく終わった。

「すると今度は日本にいた時、友人の紹介で知り合った韓国人が、韓国の即売会にもおいでよというんです」

 ちょうど日韓関係が微妙な空気の時期。少しばかりは不安があった。でも、行ってみると誰もが親切だった。マンガやアニメを通した友人は、政治のごたごたとは無関係に広がっていく。そんなことを経験から知って、さらに探究心も強まった。中国本土の即売会にも参加するようになり、いよいよ旅をしては同人誌を頒布して、日本に戻って原稿を描く──そんな生活スタイルが、できあがっていった。

 参加する地域は、自然に広がっていった。驚いたのは、ハルピンの即売会に招待されたことである。

 それも、やっぱり偶然だ。中国本土の即売会に参加するようになり、告知のためにWeiboを始めた。すると見知らぬアカウントから「日本人か? 中国にも来るのか?」と、尋ねられた。上海の同人誌即売会には参加しているというと、今度はこんな誘いが来た。

「俺はハルピンで主催してるんだ、招待するから来てよ」

「そうか、行くよ」

 やっぱり躊躇することなく、参加を決めた。

 でも、いざ空港についてから驚いた。

 荷物を受け取り到着ゲートを出ると、即売会のスタッフが総出で迎えに来てくれていた。

「自分のために、現地の日本語学校の生徒2人を通訳につけてくれたんです。それだけでもありがたいのに、ホテルに入ったら2人は“隣の部屋に詰めていますから、何かあったらいつでも呼んでください”というのです。単なるサークル参加なのに……」

 それは日本の感覚で見れば、とても奇妙な催しだった。出店が並び、同人誌だけでなく着物も売られていたりする縁日のような同人誌即売会。自分の本の売れ行きよりも、そこに参加できていることだけでうれしかった。

クエンカの風景。アニメ「ソラノヲト」の第一話で使われているカットと全く同じ角度からの写真。マドリード東方にあるクエンカの街は崖の上に作られた建造物から「魔法にかけられた街」とも呼ばれている

 そんな魔公子さんでも、ヨーロッパの即売会は少しハードルが高かった。アジア諸国に比べると、航空券も高価で遠い。何より、日本語なんて通じないのは容易に想像できる。英語も話せないから、二の足を踏んでしまう。

 そんなハードルを越えて、フランスのジャパンエキスポに初めて参加したのは2013年のことだった。

「友人が参加するというので、一度限りのつもりで旅行を兼ねて出展したんです……」

 ところが、またまた新たな出会いがやってくる。本を手に取ってくれたスペインから来たという男と、なぜか話が弾んだ。

「うちでも、イベントをやってるんだ。来年の公式ポスターを描いてよ」

「お、描く描く!」

「よし、じゃあ来年は招待するぜ」

 やっぱりなんの迷いもなく、話はまとまった。

「自分は、ドラクエ世代で古いお城は大好きだし『大航海時代』も大好きなゲーム。それにアニメの『ソラノヲト』も。まさか、毎年行けるようになるとは……」

世界遺産にも登録されている「宙吊りの家」おなじくソラノヲトにも使われている

 スペインの友人たちは毎年、魔公子さんを歓迎してくれる。『ソラノヲト』の聖地であるクエンカをはじめ、スペイン人ですら知らないようなところまで、案内をしてくれる。

「毎年、観光に連れて行ってもらっているが、日本人がメチャクチャ珍しがられるようなところにばかりです。アラルコンなんて、連れて行ってくれといったら、それはどこ? といわれるような村でした」

 そうして味わった感動を、魔公子さんは、同人誌にして頒布している。もっと、多くの人々が海外の同人誌即売会に参加することを願って。

 次から次へと、旅を続ければ、当然だけどトラブルも起きる。例えば、先に記したハルピンの即売会は、スペインから帰国した直後の日程だった。

「一日休んでから出発する予定だったんですけど、時差の関係を間違えていて……。午前3時に自宅について、また朝の6時に出発することになってしまいました。おまけに経由地のドバイは気温が40度だったのに、ハルピンは0度……」

 ドイツで、切符を買えないまま列車に乗って「中で買えばいいか」と思っていたら、車掌に無人駅で降ろされる。ヨーロッパでは宗教上気を付けなければいけない事などが、日本と全然違う。

 スペインでは、突然「今から、トークショーをするから日本の同人誌即売会のことを話してくれよ、英語で」と、無茶振りされる。そうかと思えば「テレビ局の見学だよ」とついていったら、同じくいきなり「日本文化コンベンションの公式イラストレーターです」と、地上波のテレビ番組にゲスト出演することに。中国にいったら、急速に電子マネーが普及していて、現金を出してグッズを買おうとしたら断られる……。

 あらゆる出来事を、魔公子さんはすべて糧にして、笑い話に変えていく。そんなことができるのも、自然に旅というのが、どんなものなのか、わかっているから。旅路で好むのは、いつも、なにげない小さな町。

「誰もいっていない観光地でないところにいくのが好きです。それも、下調べしないで、現地の人に聞いたほうが、感動が大きいですね」

クエンカの旧市街を高台から一望した写真。左側の建物はかつての修道院を改装したパラドール。パラドールとはスペイン各地にある国営ホテル。このパラドールはソラノヲトの主人公達が住む砦としてアニメで使われている。

 毎年通っているスペイン。まだ、言葉は勉強中だけど、ぶらぶらと歩いて、バルに入り赤ワインとハムを楽しむのには、慣れた。

「やっぱり同人誌を抱えて、海外に行くのは度胸がいるでしょう。誰でも、最初の一歩が、こういうのは踏み出せないもの……」

「でも」と、言葉を区切ってから、魔公子さんは続ける。

「一度行ってしまえば……誰でも、ずんずんいってしまうんじゃないでしょうか」

 旅路は続く、いつまでも。

 風景も習慣も常識も、ひとつとて同じではない世界に触れることは、必ず人生を豊かにしてくれるはずだ。

 取材を終えて、とてつもなく旅立ちたくなった。

(取材・文=昼間たかし)

魔公子さんTwitter
https://twitter.com/makoushi

pixiv
https://www.pixiv.net/member.php?id=284757

最終更新:2018/08/09 22:30
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