偶然から始まった世界の同人誌即売会で本を売る日々……旅するマンガ家・魔公子の語る旅と人生
#漫画 #同人誌
限られた人生の時間を旅の中で過ごす。それは、いつの時代であっても多くの人の憧れ。でも、それを実践できる人は幸せだ。
たいていの人は、躊躇する。
仕事をどうする、家をどうする。さまざまなしがらみや不安が、旅の空を遠ざける。でも、ひとたび旅立つことができれば、心配なんてひとつもなくなる。
そんな旅に生きる暮らしをしている人に出会った。
その人の職業は、マンガ家だ。
魔公子さん。商業誌でも、いくつもの作品を描いているが、今は主に同人誌で活動している。最近は『艦隊これくしょん-艦これ-』が大好きで、ゲームをプレイしながら、机に向かって原稿を描いている。
でも、それは毎日ではない。一般的にマンガ家といえば、毎日家に籠もって机に向かい、原稿を描くのが主なスケジュール。それが、一般的なイメージ。でも、魔公子さんは違う。
日々の活動や、自作の宣伝に使っているTwitterを覗くと、一目瞭然。いつもどこかを旅している。それも、国内ばかりか国外まで。
例えば、今年のゴールデンウィークは、こんな感じだ。
4月30日。東京で開催された同人に即売会「Comic1」に参加した翌日は、飛行機で北海道へ。レンタカーで少し旅行を楽しんだ後、5月3日に札幌で開かれた「絶対海域札幌」に参加。閉会後、小樽からフェリーに乗って新潟に移動し、翌日の「新潟合同祭」へ。また、少し旅を楽しみながら、自宅へ帰還。
ゴールデンウィーク後は、しばらく家で原稿を描いた後、5月19日からは上海へ。帰ってきたかと思えば、今度は台湾の高雄へ飛んで「砲雷撃戦よーい in 台湾高雄」。6月3日は、東京ビッグサイトで「軍令部酒保軍令第6号」に参加。6月16日には、スペインはマドリードで開催される「Madrid Otaku 2017」。そして、7月2日からは、フランスはパリの「ジャパンエキスポ」へ。
国内から、アジアどころかヨーロッパへと、頒布する同人誌を携えての旅路は、休むことを知らない。時々、地方で開催される同人誌即売会などに観光がてら参加する同人サークルはある。台湾でも日本から参加するサークルは、ずいぶんと多い。
でも、ここまで取り憑かれたように旅するマンガ家は、ほかにない。
魔公子さんが旅するマンガ家になったのは、ちょっとした偶然からだ。同人誌を始めた90年代。年に数回は、地方の即売会に参加することはあった。その頃は、だいたいが大阪。その後、車を購入してからは、少し参加する範囲が広がったけれども、それでも西は大阪、東は仙台までだった。
そんな作家生活がガラリと変わったのは2008年。この年、世界を覆ったのはリーマンショック。不況の波は、同人誌の世界にも押し寄せた。即売会に出展しても、それまでが信じられないくらいに本は売れない。金銭的な苦しさもあるが、情熱をこめてつくった本を誰も読んでくれないことには、悲しさと不安が募っていた。
そんな時のことだった。友人が教えてくれたのは「台湾の同人誌即売会が盛り上がっている」という情報だった。台湾最大の同人誌即売会であるファンシーフロンティア。今では、日本からも大勢の人が参加しているが、当時はまだほとんど情報がなかったのだ。
いつもの同人誌即売会とは違う読者にも出会えるんじゃないか。くさくさしていてもしようがない。すぐに参加することを決めて、申し込んだ。でも、台湾は未知の世界。
「酒の席の話のネタにでもなればいいかなと思っていたんです。それまで海外旅行というのは、家族で三国志ツアーで中国に出かけたことがあるだけ。その時は、1回限りのつもりだったから、パスポートも5年用にしてたんです」
漢字文化圏だから、どうにかなるとは思えども、右も左もわからない国。誰か一緒に行ってくれる人を探していると、友人が名乗りをあげた。
「俺は、台湾にいったことがあるから、任せてくれよ」そういわれて大船に乗ったつもりで、飛び立った。
そこから、何かに導かれたとしか思えない、魔公子さんを旅へと誘うマジックが始まった。
「無事に桃園空港についたは、いいけど。その友人が、どうやったら街へ行くことができるかわからないというのです……」
随分と自信があったはずなのに、どういうことだろうか。恐る恐る「前はどうだったのか」と尋ねてみた。予想しなかった返事が返ってきた。「うん、10年前に会社の社員旅行でツアーできたんだ」。
唖然としてもいられない。片言の英語で、なんとかバスがあることがわかり、台北市内の宿にたどり着くことができた。
たいていの人は「酷い目にあった」と、心が折れてしまうかもしれない。でも、魔公子さんは違った。「うわ、マジか」と、降って湧いたトラブルには驚くけれども、ひとたびことが済めば、それもすべて笑い話。
「台湾の人は、とても親切で……困っていたら近寄ってきてくれて、道を教えてくれるから、なんとかなりましたよ」
せっかく来たのだから、土産話をめいいっぱいリュックの中に詰め込んで帰ろう。なんでも、一つ残らず見てやろう。マンガ家という職業ゆえなのか。あるいは、持って生まれた資質なのか。古きよき、バックパッカー的な感性が、魔公子さんの中には最初からあった。
その心が、また新たな出会いを呼んだ。
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