フジ『ザ・ノンフィクション』“人殺しの息子”がテレビカメラの前で語った、両親への複雑な思い
#事件 #本 #凶悪犯罪の真相
当時、まだ5~6歳ながらも、犯行現場となったアパートに出入りしていた彼の脳裏には、その記憶が刻まれていた。
「お風呂場が記憶にあるんです。誰を入れていたかは覚えていないんですけど、風呂場に誰かいて、ずっと放置していたんだと思うんですよ」
「ペットボトルに漏斗を差して、鍋からとか、おたまで掬ったものを流していくんですけど、ものすごく臭いんですよ。なんとも言えん、こう……」
松永は、遺体を解体して鍋で煮込み、ミキサーにかけて液状化してペットボトルに詰めて、中身を海に捨てるよう指示していた。何が起こっているかわからなかったとはいえ、幼い彼は死体遺棄の手伝いをしていたのだ。そんなおぼろげな記憶は、今でも彼に罪悪感を与え続けている。
そして02年、事件が発覚し、両親が逮捕された後も、当然ながら彼の人生は続いていく。
児童相談所や児童養護施設に入れられた彼は、9歳にして初めて小学校に通い始めるも、学校のルールにしても勉強にしても、彼が生きてきた世界とはあまりにもかけ離れたものだった。次第に孤立感を深め、暴力事件を引き起こすようになる。「周りが全員、敵に見えた」という彼は、中学時代に不良となった。高校は定時制に通ったものの、当時引き取られていた里親の元から家出して住所不定となると、学校から退学処分が下された。
成長した彼は、何度も両親の面会に訪れている。しかし、その心には、いまだ複雑な思いが渦巻いているという。
「自分の母親と父親であるという実感もないです。言うことは、それっぽいことを言うんですよ。母親として何もしてあげれんでごめんね、とか。父親からの言葉やと思って受け取ってくれ、とか。いやいや、お前たち、どの口が言いよるんって。今までさんざんなことをしてきとって、いまさら親ヅラするなよって」
父親の死刑が確定したときには、「ちょっと安心しましたね。これで出てこれないんやと」と、安堵の気持ちを感じたという。しかし、その一方で、こんな言葉も口にしている。
「親父に関しては……、憎んでますね。九十五パーセントぐらいは憎んでます。残りの五パーセントというか、本当の少し、本当の少しだけ感謝しています。いなかったら生まれてきてないんで」
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