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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 本・マンガ  > 素晴らしき大衆酒場の世界『酒場っ子』

ああ、飲みに行きたい! 素晴らしき大衆酒場の世界……パリッコ『酒場っ子』を片手に飛び込もう!

『酒場っ子』(スタンド・ブックス)

 良い酒場エッセイの条件とは何か。

 思うにそれは、読んだら思わず「ああ、飲みに行きたい!」と居ても立ってもいられなくなる、そんな欲望喚起力の高さにあるのではないだろうか。

 その意味では、イキのいい酒場雑誌「酒場人」(オークラ出版)の責任編集を務めるなど、現在の飲酒シーンを牽引する酒場ライター・パリッコ初の酒場エッセイ集『酒場っ子』(スタンド・ブックス)はドンピシャだ。読めば気分はソワソワ、読み切るのももどかしく、本を持ってそのまま近所の居酒屋へ……となるに違いない。何を隠そう、筆者もその道を辿った1人である。

 本書で紹介されるのは、リーズナブルで敷居の低い、いわゆる大衆酒場と呼ばれる店がほとんど。とはいえ、一言に大衆酒場といっても、場所も店もさまざまだ。

 毎日大勢の人々が行き交う東京のターミナル駅にある店もあれば、私鉄沿線沿いにある地元民御用達の店もある。酒場好きには知られた名店もあれば、「え、こんなところにそんな良い店あったんだ!?」と驚かされるマイナー店だってある。さらには著者のホームである東京を離れ、関西・沖縄などのローカルな店を紹介する、旅情たっぷりのパートも。

 連日満員の人気店もあれば、場末の店も、なんならチェーン店だって分け隔てなく登場する。唯一の絶対条件は、そこが(自分にとって)魅力的な酒場であること、それだけ。

 パリッコの酒場エッセイの素晴らしさは、どんなタイプの店であっても、その場を、人を、そこで供される酒や肴を全身全霊で楽しんでしまう、そのおおらかさにある。そして、どこまでも「一飲兵衛」としてい続けるその姿勢に、読者は等身大の「酒場っ子」の姿を発見し、「おお、ご同輩!」とうれしくなってしまうのだ。「ホッピーを頼むと、中(焼酎)の量がおかわりするたびにちょとずつ増えていく(のがうれしい)」といった、随所に散りばめられた「酒場あるある」にも共感しまくること必至。

『酒場っ子』は、もちろんお店紹介的な側面もあるが、読者が登場する店のコンプリートを目指すような、いわゆるガイド本的なものとはいささか趣が異なる。実際、出てくる店が、すでにこの世に存在しないというケースも少なくない。

 かつての昭和の面影を色濃く残した大衆酒場は、酒場好きにとって、宝物のような存在である。しかし、平成の終わりがすぐそこに見えつつある今、同時にひどく儚い存在であるとも言える。店の老朽化、店主の高齢化、後継者の不在、都市開発などの理由から、驚くほどあっけなく、店は消えてしまう。気になる店があって、いざ入ろうとしたら閉店の張り紙が……なんてことはザラなのだ。

 後悔先に立たず。ならば、「ここは」と思った店があれば、飛び込んでみるしかない。確かに、中の様子が見えなければ怖いし、「常連客オンリーだったらどうしよう……」といった不安から、扉の前で二の足を踏んでしまうこともあるだろう。だが、そんな時こそ、本書がそっと背中を押してくれるに違いない。好奇心と、ちょっとした勇気さえあれば、至福の時間はもう目の前だ。
(文=辻本力『生活考察』)

最終更新:2018/07/18 22:00
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