微妙にズレてる日本文化が、逆に愛おしく思える!? 黒澤明×宮崎駿をポップにリミックス『犬ヶ島』
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独特なビジュアルセンスとユーモア感覚の持ち主であるウェス・アンダーソン監督の新作映画『犬ヶ島』は、かなりおかしな作品だ。人種隔離政策ならぬ、犬隔離政策を打ち出した為政者に対し、ひとりの少年と6匹の犬たちが“七人の侍”として立ち上がるという、黒澤明映画を思いっきりオマージュした内容となっている。アンダーソン監督が日本文化と黒澤映画が大好きなことはすごく伝わってくるけど、黒澤ワールドが人形アニメ(ストップモーションアニメ)として描かれ、その上アンダーソン監督は脱力系ギャグが得意な人ゆえ、日本人のイメージする黒澤作品とはまったく異なるものに仕上がっている。その違和感が、何ともいえない味わいなのだ。
黒澤監督の『どですかでん』(70)はゴミ捨て場が舞台となっていたが、同じく『犬ヶ島』もゴミの島が舞台だ。メガ崎市ではドッグ病が蔓延し、人間に感染することを恐れた小林市長(声:野村訓市)はノラ犬も飼い犬もすべての犬を、ゴミ島あらため“犬ヶ島”へ強制送還することを決定。ノラ犬のチーフ(声:ブライアン・クランストン)は元飼い犬のレックス(声:エドワード・ノートン)ら4匹の犬たちと徒党を組み、犬ヶ島でたくましくサバイバルライフを送るようになっていた。
ある日、犬ヶ島に小型飛行機に乗って、ひとりの少年が現われる。小林市長の養子・小林アタリ(声:ランキン・こうゆう)だった。いちばんの親友だった愛犬スポッツと引き離されたアタリは、養父の目を盗んでスポッツを探しに訪れたのだ。人間から愛された記憶のないノラ犬チーフだったが、お気に入りのメス犬ナツメグ(声:スカーレット・ヨハンソン)から「彼はまだ子どもよ。助けてあげなさい」と言われたことから、スポッツ探しをサポートすることに。だが、小林市長の命令で出動したドローンやロボット犬たちがアタリたちの前に立ち塞がり、壮絶なバトルに。犬ヶ島はまるで怪獣島のような有り様となる。
公式HPには本作の物語設定は今から20年後の日本と記されているが、アンダーソン監督がイメージしたのは、黒澤監督の社会派ドラマ『酔いどれ天使』(48)や『野良犬』(49)などで描かれた戦後復興から高度経済成長へと向かった日本のワイルドな雰囲気。戦争は終わり、復興が進んでいく一方、新たな貧富の差が生まれていった時代だ。黒澤映画では庶民たちはビンボーなれど、エネルギッシュに生きていた。そんな復興期から高度成長期にかけての日本人の姿が、犬キャラたちに投影されている。『隠し砦の三悪人』(58)の千秋実と藤原釜足が、同じく黒澤作品を敬愛するジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』(77)のC-3POとR2-D2のモデルになったような感じ。心の狭い民族主義者なら「外国人が日本人を犬扱いするなんて!」と青筋を立てそうだけど、『犬ヶ島』では犬キャラをハリウッドスターが、日本人キャラは日系キャストがアテレコしているのだ。
アンダーソン監督はロアルド・ダール原作の『ファンタスティック Mr.FOX』(09)で初めてストップモーションアニメに取り組み、実写映画のみならずアニメーション表現でも非凡な才能を発揮してみせた。アンダーソン監督は黒澤作品に加え、宮崎作品からも大いに影響を受けているそうだ。宮崎作品の中で描かれる静謐な世界の豊かさや独特なリズム感に魅了されているとのこと。他にも東宝特撮映画『地球防衛軍』(57)、大友克洋のSFコミック『AKIRA』、持永只仁の人形アニメなどの要素も感じさせる。『犬ヶ島』は4年の歳月を費やし、作られた人形の数は人間と犬を会わせて合計1,097体。総勢670名ものスタッフを動員。ただの酔狂で撮り上げられた作品ではない。それぞれのパペットのディテールや細かい仕草に、アンダーソン監督をはじめとするスタッフの異常な愛情が溢れ出ている。
今年公開されたスティーブン・スピルバーグ監督のSF大作『レディ・プレイヤー1』では、森崎ウィンは黒澤映画の常連俳優・三船敏郎を仮想現実「オアシス」でのアバターとしていた。現在公開中のドキュメンタリー映画『MIFUNE THE LAST SAMURAI』ではスピルバーグやマーティン・スコセッシ監督らが俳優・三船敏郎の魅力を嬉々として語っている。『犬ヶ島』でも“三船敏郎”は要重要人物だ。アタリの養父である小林市長は、量産型のアニメ作品なら100%の悪役キャラになるところだが、アンダーソン監督は分かりやすい悪役にはしていない。『悪い奴ほどよく眠る』(60)や『天国と地獄』(63)に出ていた頃の三船敏郎を思わせる、社会秩序と闇世界との狭間で葛藤する大人のキャラクターとなっている。三船敏郎は日本だけでなく、海外でも深く愛されてきたことが分かる。
スピルバーグ監督が久しぶりに少年少女たちを主人公にした『レディ・プレイヤー1』の仮想現実「オアシス」は、貧富の差や人種的偏見のない、平等で自由な世界として描かれていた。ガンダムやメカゴジラたちが著作権の壁を乗り越えて、対等に戦いあった。アンダーソン監督が撮り上げた『犬ヶ島』も、時空や国境を越えた世界であり、人間と犬との友情が描かれる。人間と犬とは、言葉が通じないからこそ永遠の友情を結ぶことができる。特に少年期にある人間と犬は、動物の生態系の枠組みを越えて、強い繋がりを感じあえる。米国テキサス州生まれのアンダーソン監督も、ネイティブな日本人ではないからこそ、日本文化を愛してやまない。
自分とは異なるもの、異なる世界に憧れるのは自然な摂理だろう。アンダーソン監督が描く『犬ヶ島』は、現実の日本ではない。黒澤明や宮崎駿が夢想した理想社会へ、アンダーソン監督は『犬ヶ島』を通して近づくことを夢見ている。
(文=長野辰次)
『犬ヶ島』
監督/ウェス・アンダーソン 原案/ロマン・コッポラ、ジェイソン・シュワルツマン、野村訓市
声の出演/ブライアン・クランストン、ランキン・こうゆう、エドワード・ノートン、ボブ・バラバン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、野村訓市、高山明、グレタ・ガーウィグ、フランシス・マクドーマンド、伊藤晃、スカーレット・ヨハンソン、ハーヴェイ・カイテル、F・マーリー・エイブラハム、ヨーコ・オノ、野田洋次郎、渡辺謙、夏木マリ、フィッシャー・スティーブンス、村上虹郎、リーヴ・シュレイバー、コートニー・B・ヴァンス
配給/20世紀フォックス映画 5月25日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中
(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/
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