杉山清貴&オメガトライブ復活ツアーに見る“シティポップ”の再興
#音楽
1980年代半ばに活躍したバンド、杉山清貴&オメガトライブが5日、東京・日比谷野外音楽堂で、デビュー35周年記念ライブを行った。
85年に解散した同バンドにとって、今回のライブは2004年に行われた再結成ライブ以来、14年ぶりとなる。会場では、来年2月2日から4月21日にかけて全国ツアーを行うことが発表された。
「若い世代には馴染みがないかもしれませんが、83年に『SUMMER SUSPICION』でデビューした杉山清貴&オメガトライブは80年代に大学生などの若者を中心に人気を博しました。当時は女子大生がトレンドの発信源だったのですが、オシャレなシティポップのバンドとして、流行の最先端だった彼女たちから絶大なる支持を得ていました。歌番組などに出演する際、杉山はいつもサングラスをかけていて、それがトレードマークでしたね。最大のヒット曲は85年にリリースされた『ふたりの夏物語』で、いまでもアラフォー世代のカラオケ人気が高いですよ」(音楽ライター)
解散後、杉山はシンガー・ソングライターとして独立。「さよならのオーシャン」や「最後のHoly Night」などの大ヒットを飛ばすが、90年代に入ると失速する。しかし、かつてほどの人気はなくなったものの、日本と第2の拠点であるハワイを行き来しながら、悠々自適の生活を送っている。
「オメガトライブ時代のヒット曲はプロの作家の提供によるものだったので、大した収入にはならなかったかもしれませんが、ソロになってからのヒット曲は自作なので、大いに稼いだはず。長らくヒット曲はありませんが、現在でもレコード会社との契約は切れていないし、カラオケ印税だって入ってくるでしょうから、生活には困窮していないようです。バンドの再結成というと、カネに困ってというパターンがほとんどですが、杉山に限ってはそれはなさそうですね。ただ、もしかしたら最近の70~80年代のシティポップ再評価の動きに便乗しようとしているのかもしれません」(同)
実はいま、欧米の音楽マニアの間で、70~80年代の日本のシティポップがもてはやされている。そして、そうした動きが逆輸入される形で、わが国でも当時のシティポップを再評価する気運があるのだ。
「山下達郎や大貫妙子、吉田美奈子といったメジャーどころから、日本人の我々でも知らないようなマイナーなアーティストまで、海外のマニアは血眼になってアナログ盤を探していたりします。シティポップというと、軽薄な印象ですが、ブラックミュージックやジャズフュージョンなどから影響を受けた彼らの音楽は非常に洗練されたもので、達郎のような超メジャー級はさておき、多くは通好みで当時はなかなかヒットに恵まれませんでした。一方、杉山とオメガトライブはカテゴリーこそシティポップでしたが、彼らの曲はプロの作家によるもので、どちらかというと歌謡曲寄り。昨今言われているシティポップとは一線を画すものなので、ちょっとブームとはズレているかもしれませんね。そういえば、若き日の秋元康氏も彼らに詞を提供していましたね」(同)
もっとも、80年代に青春時代を送ったアラフォー世代の杉山ファンにとっては、シティポップがどうのこうのなんて、どうでもいいことだろう。14年ぶりに本格的にバンドが再結成されただけで十分のはず。
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