『快楽ヒストリエ』マンガ家・火鳥《楽しい日々》へのささやかな恩返し
#歴史 #インタビュー
昨年、希代の革命家である外山恒一を取材した。話題は必然的に、やがて訪れる「革命」の具体的なイメージになった。「革命は、人の力でどうにかして起こせるものじゃない。革命様が降臨されるぞと、待ち望んでいる宗教みたいなもの……いくら信仰していても、いざ革命の時には使ってもらえないかもしれないですよね」。
遠大な人類の歴史を顧みると、人が一人、何かができる時間は、刹那に過ぎない。さまざまな説があるが、人類がアフリカを出発してからだけで14万年あまり。日本の歴史も、2700年目が手の届くところまで来ている。その中で、人の営みはわずかに70年程度。何かの書類に年齢を書いたりした時、あるいは、朝夕の身体の疲れに、人生の黄昏を予感して歩みを止める者は尽きない。自分の限界を感じ、どうしようもない時間の流れの中で、無力さを冷ややかに笑いながら、ただ身を任すのだ。
でも、絶望の中で生ける屍となる者は少ない。ふとした思いがけないことが、限られたさまざまな枷の中で、それに抗おうとする機会を与えてくれる。日々、世に送り出される文章やマンガ、音楽などには、そうした力があると思っている。
歴史家のハーバート・ノーマンは、歴史の女神の容貌を奈良中宮寺の弥勒菩薩に仮託した。
「彼女は人間の営み――その愚かしさ偉大さを、この世の情熱や功名心を、無関心や尊大さではなしに限りない忍耐と同情の面もちで見まもっている。私はその顔があざけりにくもらないユーモアにかがやくのを心に描くことができる。多くの月並みな仏像とちがって、この姿には冷ややかな近づきたいものが少しもない。むしろ温か味と共感を、私の印象ではギリシアの像よりも多く、ただよわせている」(『クリオの顔』岩波文庫)
平成という年号の終わりが、刻一刻と近づいている。耳を澄ませば、その足音が聞こえるようになってきた。人は、いつの世も新しい時代の幕開けよりも、時代の変化への不安に包まれていた。それは、今でも変わらない。
火鳥『快楽ヒストリエ』という、1点のマンガが単行本になったのは、そんな足音について言及されるようになった、年の暮れだった。コンビニでも販売されている雑誌「快楽天ビースト」(ワニマガジン)の巻末に掲載されているギャグマンガ。いわゆる「エロマンガ」が掲載されている雑誌の中で、このマンガは、ちょっとしたお色気を添える程度。性別や年齢にかかわらず、誰もが気軽に読むことのできる、純粋なギャグマンガである。
雑誌の中では、明らかに異色の作品の単行本化。それを多くの人が待ち構えていた。雑誌の読者は「待ってました」と買い求めた。その面白さは、SNSなどを通して拡散していった。あたかも、火薬や紙の製法が世界へ広まっていったかのごとく。
それは、出版元のワニマガジン社にも予想外のことだったのだろう。発売から1カ月あまりを経た現在、初版の在庫は払底し重版の出荷が待たれている。
この作品がテーマとしているのは、歴史。
そこでは、失われていた「歴史の真実」が次々と明らかにされていく。
白亜紀の地層から書物を抱いた人間の化石が発見された。
8,000万年前……人類は既に購読していたのだ。エロマンガ(快楽天ビースト)を!!
一揆の総大将・四郎。その知名度に反して謎多き人物である。
しかし経済的に恵まれており学問に親しんでいたこと……また当時16歳という年齢から、少なくとも女子高生であったことは疑いようがない。
古代エジプトには、神や王を語るための神聖文字「ヒエログリフ」が存在し、エロマンガは、その対極「ドエログリフ」と呼ばれていた。
読者の教科書程度の歴史知識を背景に、火鳥は<真実の歴史の探究>を記していく。ともすれば「出落ち」。第1話を頂点に、あとは次第にテンションは下降してしまう危険もある。けれども、連載の開始以来、勢いは途切れることはない。むしろ、回を重ねるごとに描かれる登場人物たちは、生き生きと動いている。
ギャグマンガゆえに、文字や会話で、その面白さを説明するのは困難である。でも、どうしてもそれをしたくなる衝動と熱が、この作品には確かにある。人類の歴史の中では、わずかに過ぎない人間の一生。その貴重な時間で、この作品にいくばくかの時間を費やしてよかった。ネットで『快楽ヒストリエ』を検索すれば、そんな読者の思いが、画面の向こうから送られてくる。
火鳥(ヒトリ) 今日、ここに来る時に考えてたんです。さぞ歴史への深いなにかがあって描かれたと期待されてるかも知れないけど、どうしよう、面白い答えなんてなにもない……。そうは言っても何か話さないと、読んでくれる人に申し訳ないなって……。
『快楽ヒストリエ』の連載が始まったのは2016年の4月から。「快楽天ビースト」の表紙が変わり、新装刊することになったからと編集さんが声をかけてくれて。このワニマガジンの編集さんはぼくのデビュー以来の付き合いで、連載の話は何年か前にもあったんですよ。その時は一度お断りしたんです。でも、今回は気が変わったというか……首都圏に引っ越すことを決めたタイミングでもあって、連載を持っておこうと思ったんです。
それで悩みました。ぼくは、何を描いたら、いいんだろうか。
もともと自分は、直球で18禁そのものは描けないんです。まだ20歳くらいの頃には興味があったんですが、結局描かずじまいで……。一言で言えば、恥ずかしかったんです。照れくささという壁を越えられるほど、エロというジャンルへの情熱がなかった。思うに、ぼくという作家はギャグ、つまり「スケベ」や「変態」が大好きなんであって、エッチなシーンそのものが描きたいわけでは全然ないんです。これが根幹です。一度お誘いを断った理由もそれでした。
なので、連載を引き受けると決めてからは、ずいぶんと考えました。毎月描き続けることができそうなテーマで、「快楽天ビースト」という雑誌にふさわしい、読者が楽しんでくれるのは、どんな作品なんだろうか……。
最初の案は、まったく別の作品でした。いわば、四畳半押しかけSFものみたいな内容です。マンガ家のアパートに異星人の女の子たちが集まって、地球人の読んでいるエロマンガをあれやこれやと指摘するような物語です。
ただ、あまりネームが膨らまずに困ってしまって……。ほら、その手の物語はすでに激戦区というか、相当工夫しないと他の作品に埋もれてしまいますし。
その時、同時に頭の隅にあったアイディアが『快楽ヒストリエ』でした。ただ、これはぼくにとって「できればやりたくない」腹案だったんです。何しろ、最初に与えられていたページは、8ページ。今は10ページに増えましたけど……その限られたページ数で、毎回さまざまな時代を描いていくのは、絶対に大変だろうと。歴史上の事件をバックボーンにすれば題材には困らないかもしれませんが、1回1回のコストが割に合わないだろう……そう恐れていたんです。
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