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日刊サイゾー トップ  > リョナ・グロマンガ家・氏賀Y太

【ルポルタージュ】氏賀Y太 リョナ・グロとマンガに人生を全振りする男のスケッチ

 ならば、同人誌はどうか。いくら人が増えたとはいえ、まだ楽しむ人が限られているマイナーなジャンル。いわば、前は10人しかいなかったのが40人くらいになった程度。以前と変わらず、食わず嫌いだったり、自分に正直になれない人は、今なお多い。

 氏賀自身も、決して自分のアンテナを高く張っているわけではない。人の作品を読んで楽しむよりも、自分の作品を描いているのが楽しく、それに時間を割くほうが多い。それでも、長く続けて来た恩恵なのか。pixivやTwitterでは、新しい描き手がフォローをしてくれる。積極的に交流をしたがる性格でもないから、どんな人が描いているのか、人となりはわからない。

《でも……その人たちの作品というのは好きで描いているんだということだけは伝わってくる……》

 ネットでの発表だけでは飽き足らず、同人誌を出している人もいる。けれども、多くの人は発行部数は500部程度。雑誌でいや応なしにでも氏賀の作品が目に飛び込んできた頃から比べると、読者に届く機会はむしろ少ない。そうした中から良作を集めるアンソロジーはどうだろうか……。

 渋谷の編集者としての勘は「これは、いける」と判断した。ただ、同人誌の再録ばかりでは読者の心に響かないかも知れない。だから、氏賀には単行本化することを前提で描き下ろしも依頼した。

 でも、3号目が出る頃には、氏賀の新作を掲載しなくても十分なまでに、迫力のある作品が集まっていた。

《私の夢に賛同してくれたのかはわからない……ただ、作品を寄せてくれたのは、もっとみんなに見てほしいという気持ちがあったからじゃないかと》

 広く名を知られているわけではないが、リョナ・グロのジャンルに限れば優れた描き手たちが幾人も掲載を承諾してくれた。その様子を見て渋谷は、3号目は氏賀の新作を掲載することをやめた。

「だって、すべて掲載したら、氏賀さんの単行本が売れなくなっちゃう……」

 氏賀の数年ぶりの描き下ろしを含めた連作集『Dr.乳児郎の憂鬱』は「エログロス」Vol.3よりも、一足早く2018年1月に単行本になった。

 * * *

 現在47歳になった氏賀の履歴書は、極めてシンプルだ。マンガに関すること以外に、描くべきことは皆無である。カレンダーに書き込まれるスケジュールも同じ。1日の、1カ月の、1年の……ほぼすべての時間を仕事場で一人で過ごす。目が覚めて、気力が充実していれば、そのまま仕事に取りかかる。とりわけマンガを描いている間に、ふっと集中力が抜けてTwitterを始めてみたりだとか、気を散らすことは一切ない。ただ一心不乱に机にかじりついて原稿を描き続ける。

 そのような仕事の仕方だから、体力と精神力は、瞬く間にペンの先から溢れ出て原稿へと移っていく。全力疾走が2時間ほど続けば、電球が切れるかのようにスイッチが落ちる。そのまま2時間ほど横になる。するとまた、体力と精神力はチャージされて、机にかじりつく。規則正しさや効率の良し悪しとは無縁の作業。私が氏賀に時間を割いてもらった日も、最初に目が覚めたのは、朝6時半。それから、全力で仕事をして、スイッチが落ちて一眠りしてからやってきた。

 過酷さと楽しさが入り交じった、マンガを描くこと以外に、氏賀は仕事というものを知らない。わずかな期間、雑誌編集部に出勤していた時期もあるが、それ以外にはバイトすら経験がなく、マンガだけで生きてきた。だから氏賀にとってマンガは、職業ではなく日常。

 息を吸ったり吐いたりしているように、マンガを描くことを止めるのは考えることができない。止めることがあるとすれば、編集者と打ち合わせをしたり、マンガ以外の創作の時間。息抜きといえば、趣味で集めているトランスフォーマーのおもちゃを弄る時くらい。けれども、これも息抜きかといえば違う。やはり、次の創作に向けてエネルギーをチャージしている時間なのだ。

 身体を酷使しても、必死に自分のやりたいことに情熱を注ぐことができるのは、若者の特権だ。誰しも老いからは逃れることはできない。40歳を超えれば、そんな生活はつらくなる。50歳を過ぎて、そんな過酷な生活をしていれば、残された時間のことが頭をよぎり生活を改めようとする。

 元来、氏賀は落ち着いた雰囲気の男だ。人生に焦っている感じは微塵も見せないし、日常に疲れた雰囲気もない。机にしがみつき、身体を動かすことの少ない日常の積み重ねは、身体にまとわりつく脂肪となって現れいる。にもかかわらず、だらしなく薄汚れた感じはない。それどころか、少年のような純真な雰囲気を身にまとっている。口からこぼれる言葉は、常に控えめ。自分の仕事を誇ったり、ここぞとばかりに尊大な主張をすることもない。その佇まいそのものが、迷いのない情熱なのだ。

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