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【wezzy】

第60回グラミー賞は社会的メッセージの場となった〜女性・マイノリティ・移民・銃・トランプ

 1月28日(日本時間29日)、アメリカ最大の音楽の祭典とも呼ぶべき第60回グラミー賞が開催された。近年は西海岸での開催が続いており、ニューヨークのマディソンスクエアガーデンを会場とするのは実に14年振りだ。地元ニューヨーカーの気分はおのずと盛り上がったが、それ以上に注目されたのが、今年はかつてないほどの「政治的なショー」になるだろうということだった。

 アメリカでは音楽のグラミー賞であれ、映画のアカデミー賞であれ、受賞スピーチでその時々の社会問題を語るアーティストが常に出る。加えて今はちょうどトランプが問題山積の大統領初年を終えたところであり、かつ女性への性的ハラスメントに声を上げる #MeToo ムーブメント、そこから派生したセレブによる #TimesUp ムーブメントが巻き起こっている最中だ。いつにも増して政治的/社会的なメッセージとパフォーマンスが期待されていた。

関連記事:母親として、アーティストとしてのビヨンセとアデル グラミー賞での多様な政治的メッセージ

Time’s Up の白いバラ
 この日、多くの女性アーティストが白い衣装をまとい、一輪の白いバラを身に着けた。「女性が立ち上がる時が来た」という意味の #TimesUpムーブメントへの賛同を意味する。

 シンガーでありながら『ドリーム』『ムーンライト』といった評価の高いヒット映画に女優として出演するジャネール・モネイは花柄のスーツに身を固め、力強いスピーチをおこなった。

「私たちは音楽業界を構成するアーティスト、ライター、アシスタント、出版者、CEO、プロデューサー、エンジニア、その他すべての分野で働く女性です。私たちはまた、娘でもあり、妻でもあり、母でもあり、姉妹でもあり、そして人間です」

 モネイはプロフェッショナルとしての女性の立場をはっきりと打ち出した。

「女性も同等の収入を得るべき時です。性差別を無くすべき時です。あらゆる種類のハラスメントを無くすべき時です。権力の虐待を無くすべき時です」

「私たちにはカルチャーを作り上げるパワーがあり、業界の慣習を築き直すパワーもあるのです」

 モネイはこのスピーチに続いて、最新作『レインボー』が年間最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞にノミネートされていた女性シンガー、ケシャを紹介した。

プロデューサーからレイプ、訴訟地獄
 ケシャは2010年のファースト・アルバム『アニマル』がプラチナ認定となり、以後もヒット・シングルを連発したシンガーだ。しかし2013年に、過去10年以上にわたってプロデューサーのドクター・ルークに性的、身体的、精神的に虐待されたとして訴訟を起こした。訴訟は長引き、その苦痛から一時は摂食障害となってリハビリ・センターに入院。2016年にケシャの訴えは退けられ、ドクター・ルークとの契約も解消できないまま、現在に至っている。

 こうした苦しい状態の中、「ファンに音楽を届けたい」との思いから前作より4年振りとなるアルバム『レインボー』を、不本意ながらドクター・ルークのレーベルよりリリース。ただし親会社のソニーが「ドクター・ルークにはプロデュースさせない」ことを保証。このギリギリの状態で制作されたアルバム『レインボー』は見事、ビルボード初登場1位を獲得し、今回のグラミー賞にもノミネートされたのだった。

 白いパンツスーツ姿のケシャは、シンディ・ローパーやカミラ・カベロなど大勢のやはり白い衣装の女性アーティストに囲まれてアルバム収録曲の「プレイヤー(祈り)」を、身を振り絞りながら、まさに渾身で熱唱。苦境に負けない自身の強さを誇り、かつ相手がいつの日か自制を取り戻すことを祈る曲だ。最後に周囲の女性アーティストたちに抱きしめられ、ケシャはステージを終えた。

人種問題
 今年のグラミー賞は黒人アーティストのパフォーマンスで幕を開けた。オープニングは社会的なメッセージを込めた曲で知られるラッパーのケンドリック・ラマー。巨大な星条旗を背景に大量の兵士姿の黒人ダンサーたちが踊った。黒人の大物コメディアン、デイヴ・シャペルの「CBSでこんなのやっていいのか?」の合いの手をはさみ、黒人が着ると「あやしい人物」として銃撃の対象にすらなるパーカーのフーディーをかぶったダンサーたちが、次々と撃たれて倒れるパフォーマンスとなった。続いて昨年亡くなったふたりの伝説的ロックンローラー、チャック・ベリーとファッツ・ドミノの追悼パフォーマンス。ここまで黒人アーティストが目白押しだった。黒人差別発言を続けるトランプと、それによって勢いをつけた白人至上主義へのアンチといえる構成だった。

 ちなみにアメリカのコメディアンは人種を問わず、社会ネタをはさまずに成功を収めることは稀だ。また、「ロックンロール」は白人の音楽と誤解されることが多いが、黒人が生み出したジャンルである。

銃の乱射問題
 ステージに4人のカントリー・シンガー、エリック・チャーチ、メイラン・モリス、ブラザーズ・オズボーンが並び、エリック・クラプトンの名曲「ティアーズ・イン・ヘヴン」をギターの弾き語りで歌った。「天国で出会ったなら、君は僕の名前を言えるだろうか?」で始まる切なく、美しく、そしてこの上もなく悲しい曲だ。

 4人は昨年10月に乱射事件が起きたラス・ヴェガスでのカントリー・ミュージック・コンサートに出演していたミュージシャンだ。会場の対面に建つ高層ホテル上階からのマシンガン乱射によって58人もが亡くなり、851人が負傷。米国乱射事件史上最悪となった事件だ。

 ステージには犠牲者たちの名が書かれたパネルがぎっしりと並べられていた。4人は乱射事件を生き延びた。しかし彼らのファンは死に、または今も後遺症に苦しんでいる。この事実を4人はミュージシャンとして、一生背負っていかなければならないのだ。

 だが、ステージに立つ4人から「銃規制」の言葉は聞かれなかった。犯人は47丁もの銃と、ライフルをマシンガン仕様に変える部品をすべて合法的に購入していた。この銃法を変えずに乱射事件を防げるはずはない。アメリカの銃文化、銃企業と政治のつながりは根深い問題として残されたままだ。

移民問題
 弱冠20歳の人気シンガー、カミラ・カベロは #TimesUp の白いドレスでスピーチをおこなった。

「この国はアメリカン・ドリームを追うドリーマーのために、ドリーマーによって作られました」

「私の両親はポケットに希望だけを詰めて、私をこの国に連れてきました。懸命に2倍働き、決して諦めないことを教えてくれました」

「私は誇りあるキューバ系メキシコ移民です。私はキューバの東ハバナで生まれ、今、ニューヨークでグラミー賞のステージに立ち、あなたの目の前にいるのです」

「ドリーマーたちのことを忘れることはできません。彼らのために戦うことは、十分に値するのです」

 子供の頃に親に連れられ、違法移民としてアメリカにやってきた若者たちをドリーマーと呼ぶ。80万人のドリーマーたちを母国への強制送還から救うためにオバマ大統領が作った法律DACAを、トランプは撤廃した。全米のあちこちで移民捜査官によって拘束され、送還されたドリーマーのニュースが流れる。

 数日前、トランプはメキシコ国境に巨額の壁を建て、移民法を厳格化することと引き換えに「ドリーマーに10〜12年後に市民権を与える」ことを提案したが、トランプの言葉を信用する者はいない。ドリーマーたちは不法移民だが「人間」だ。駆け引きのコマではない。アメリカで育った彼らの人生を、アメリカは守る必要がある。

若者を自殺から救う
 ラッパーのロジックが年間最優秀楽曲賞にノミネートされた「1-800-273-8255」をパフォーマンスした際、ステージには大きく「1-800-273-8255」と書かれていた。全米自殺予防協会のライフラインの電話番号だ。人生に思い悩み、自殺を考えている若者がこの番号に電話することによって救いを得られ、命を落とさないようにと付けられたタイトルなのだ。

 曲の前半の歌詞には「生きていたくない」「今日、ただ死んでしまいたい」とある。中盤では苦しい葛藤が描かれ、しかし最後は「生きていたいとようやく思う」「今日、死にたくはない」「死にたくはない」で終わる。

 ステージにはたくさんの人たちが胸に「1-800-273-8255」とプリントされたTシャツを着て立っていた。実際に自殺を考え、だが、思いとどまったサバイバーたちだ。苦しんでいた当時のことを思い出したのか、涙をこらえられない女性もいた。

 パフォーマンス後のスピーチでロジックはこう語った。

「黒人は美しい。ヘイトは醜い。女性たちはオレがこれまで出会ったどの男よりも強く、大切だ」

 ロジックはトランプの「便所shithole」発言にも触れた。移民法の厳格化を思うように進められずに苛立ったトランプは、あろうことかハイチとアフリカ諸国を「便所shithole」と呼んだのだ。一国の大統領としてはもちろん、人としてあり得ない発言であり、米国内はもちろん世界中から大きな批判を浴びた。

「文化と多様性と、そして何千年もの歴史に満ちた美しい国々へ。あなたたちは “便所shithole” なんかじゃない!」

 ロジックは自国を「便所」と呼ばれて深く傷付いたハイチとアフリカの人々に語りかけたのだ。しかし中継では「便所shithole」の部分が消音された。こうした事態に備え、完全な生中継ではなく、数秒遅れで放映されているのだ。ロジックは事前にグラミー協会から過激な発言は控えるように言われており、本来は「あなたたちは美しい」と言うつもりだったが、本番でそれを変えたと賞のあとに語った。

※ゲイの黒人少年が家族にも級友にも受け入れられず、自殺しようとするミニ・ムービー風ビデオ

アーティストの使命 vs. エンターテインメント
 ロジックは過去のインタビューで、あるファンに「あなたの曲で命を救われた、ありがとう」と感謝され、自分には大きな影響力があることに気付いたと語っている。その影響力を最大限に使うために書かれたのが、この曲だ。

 ロジックが言うようにアーティストには強大な影響力がある。グラミー賞ともなれば視聴者数はアメリカだけで2,000万人だ。メッセージを発すれば、その内容が受け入れられるかはともかく、伝播はかならずする。そのポジションをアーティストがうまく使えば、間接的ではあっても社会に変化をもたらすことは可能だろう。

 一方、エンターテインメントは純粋に楽しみたいという声もある。また、アメリカは人種で聴く音楽が分かれているという事情もある。今回のグラミー賞は年間最優秀アルバム賞、年間最優秀楽曲賞など主要賞の候補者がほとんど黒人とラティーノという異例の事態となっていた。そのため「MeTooだの、黒人差別だの、めんどうなメッセージは聞きたくない」「そもそも黒人音楽に興味がない」層はチャンネルを合わせなかったはずだ。詳しい分析はまだ出ていないが、今年のグラミー賞の視聴者数が前年にくらべて格段に減ったのは、そのあたりが理由だと思われる。

 いずれにしても今年の最大の勝者はブルーノ・マーズだった。主要3部門を含む6部門にノミネートされ、そのすべてで受賞してしまった。マーズは「楽しい音楽」を追求するアーティストだ。伝えたいメッセージはあるにせよ、それを直接訴えるのではなく、歌とダンスを万人に愛される最上級のエンターテインメントとして提供し、人々をハッピーにすることこそが自分の使命と考えている。

 マーズの類まれな才能を考えると6部門受賞も妥当に思えるが、同時にこれほどまでに国全体が混迷しているトランプ時代に、社会的/政治的なメッセージを放つアーティストが主要賞を受賞しなかったことへの疑問も湧く。アート/メッセージ/エンターテインメント……この3つの比率はアーティストにとっても、受け手にとっても、永遠の課題なのだろう。

追記:今年のグラミー賞は女性のプレゼンスを押し出したように見えながら、女性の受賞者は例年同様、非常に少なかった。全84部門のうち女性が受賞したのは11部門、かつ受賞スピーチが生中継される主要部門では1名のみ(年間最優秀新人賞アレッシア・カーラ)のみだった。さらに年間最優秀アルバム賞候補者5人のうち、唯一の女性(ロード)のみが当日のパフォーマンスの依頼を受けていなかった。この件について早速#GrammysSoMale(グラミーは男ばかり)のハッシュタグが出回った。グラミー賞を主催するナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス(NARAS)代表のニール・ポートノー は「女性アーティストは step up(進歩、向上)しなければならない」と釈明のツイート。このツイートに対してピンクが「音楽業界の女性は “step up” する必要はない。初期から向上し続けている」と反論している。

(堂本かおる)

最終更新:2018/02/02 07:15
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