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日刊サイゾー トップ > エンタメ > ドラマ  > 井上真央の“神演技”『明日の約束』

そして日向先生は伝説のカウンセラーとなった! 井上真央の“神演技”が炸裂『明日の約束』最終回

 

■これが見納め、毒親・尚子の鬼顔スマッシュ!

 

 女子プロレスラーの豊田真奈美選手は、11月に行われた引退試合で前代未聞となる54人掛けのラストファイトを披露しましたが、最終話の日向先生/井上真央もそれに近いものを感じさせました。真紀子との息詰まるバトルの後は、もっとも身近で、いちばん扱いにくい実の母親・尚子(手塚理美)との決着戦です。

 圭吾の自殺騒ぎに日向の婚約解消といろいろありましたが、この夜は尚子と日向は一緒にコタツに入って、珍しくまったりモードです。「どこか温泉でも行かない?」と尚子は機嫌よさげです。せっかくの母娘の団欒タイムでしたが、日向は意を決して「家を出ていく」と尚子に告げるのでした。

「何よ、それ。ママに相談もなしで。ねぇピッピ、聞いた? また日向が変なこと言うのよ~」

 例によって日向が自己主張すると、尚子は文鳥のピッピちゃんに呼び掛け、家庭内議会での多数派であることを誇示するのでした。そして3カ月間ハラハラドキドキしどおしだった、背面からの振り向きざまの鬼顔スマッシュを決めます。

「本気で言ってんの、あんた? 日向はそんなにママのことが嫌いなの?」

 毒とドスの効いた尚子の高圧的な台詞に対し、日向は一度まぶたを閉じ、ためをつくってから乾坤一擲となる言霊を口から吐き出します。

「嫌いじゃないよ。だから、つらいんじゃない」

 毒親の恐ろしさは、本人が「自分は毒親」と気づいていないことです。日向は涙をボロボロとこぼしながら、尚子の押しつけがましい愛情に子どもの頃から苦しんできたことを訴えます。それでも尚子はまだ自分の非を認めようとはしません。

「あんたなんか二度と顔も見たくない! やっぱりママのことが嫌いなんでしょ。ちゃんと嫌いって言ってから、出ていきなさいよッ」

 日向はこのとき、ずっと研ぎ澄ましてきた優しいナイフで尚子に斬り掛かります。

「言わない。自分を産んでくれた人のことを嫌いになることは、自分を嫌いになることと同じことだから」

 

■日向先生がテレビ界に残したものとは?

 

 2人の毒親とのデスマッチを終えた日向先生は、高校に残される生徒や教師たちに終業式の場でラストメッセージを贈ります。井上真央は主演映画『八日目の蝉』(11)や『白ゆき姫殺人事件』(14)に代表されるように、“受け”の芝居が抜群にうまい女優です。『明日の約束』でも手塚理美や仲間由紀恵のテンション高めな演技に対し、抑えた芝居でずっと応え続けました。演技キャリアのない若手俳優たちとの共演シーンでは、相手のまっすぐな演技を引き出してみせました。でも視聴率は低迷したまま。そんな中でブレずに腐らずに自分の芝居を貫き、そして最後の最後に女優としての底力を発揮してみせます。日本のテレビドラマや映画での壇上での演説シーンは鼻白んでしまうことが多いのですが、井上真央は自分自身や自分の周囲にいる親しい人たちに向かって語り掛けるように、この3カ月間で芝居を通して体感してきたことを言葉へと凝縮していくのでした。

「私がいちばん許せないのは、吉岡圭吾くんです。亡くなった人を否定的に話すのはよくないと思います。でも、私は今を生きている人に言いたいのです。自殺という行為を、つらい現実から逃げるための手段と思ってほしくないんです。吉岡くんにも生きて逃げる勇気を持ってほしかった。生きることから逃げさえしければ、人はやり直せるから。幸せが約束された明日ではなくても、それでも明日も生きていることが大切だと信じてください」

 ノーサイドの時間です。これまで日向先生を窮地に追い込んできた小嶋記者や仮面ティーチャー・霧島先生(及川光博)は日向先生の名スピーチを褒め讃えて学校を去っていきます。日向先生から別れを告げられた年下の恋人・本庄(工藤阿須加)は「今の仕事を辞めて、医大を再受験する」とのことです。16歳のひとりの少年が自殺を遂げたという悲しい事実は変わりませんが、日向先生と共にこの事件に関わった人たちは、ほんの少しですが成長を遂げ、生きていくことの重みを背負う覚悟ができたのではないでしょうか。

 最後に関西テレビが制作した『明日の約束』の功罪について考えたいと思います。毒親というテーマに真っ正面から向き合った姿勢は高く評価されますが、視聴率は初回の8.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)以降は伸び悩み、最終回も5.9%に留まりました。もっと多くの人に観てもらうための工夫がされてしかるべきでした。サスペンス要素を強くしたために、1話~3話を見逃していた人たちが途中から入りづらかった点も惜しまれます。またシリアスムードのドラマにあって、コメディリリーフの役割を任されていたのが白洲迅と新川優愛の若手2人だったのも荷が重すぎたように思います。

 オリジナルストーリーであることを謳っている『明日の約束』ですが、2016年に出版されたノンフィクション『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』(福田ますみ著、新潮社刊)が企画のベースになっていることは明らかです。もちろん、『モンスターマザー』には日向先生のようなスクールカウンセラーは登場しませんし、『明日の約束』はフィクションドラマとして独自の展開をしています。実際に05年に起きた高校生自殺事件の傷跡が当事者たちには、まだ残る『モンスターマザー』を原作本としてクレジットすると諸々問題があったのでしょうが、関西テレビと新潮社側とでうまくコミュニケーションできていれば、双方にとって効果的な宣伝もできたように思います。例えば、原作として明記するのではなく、「原案」や「企画協力」にするとか。『モンスターマザー』で書かれている毒親のリアルな凄まじさや性善説に基づいた学校教育の危うさは、もっと知られるべきでしょう。日本のテレビ界に社会派ドラマを定着させるための課題も残した番組だったと言えそうです。

 10月の番組スタートからずっと苦虫を噛み潰したような表情だった日向先生でしたが、最終回では毒親との和解を果たしたバスケ部マネジャーの増田(山口まゆ)や真紀子の娘・英美里(竹内愛紗)の元気そうな近況を知り、ようやく明るい笑顔を見せてくれました。自分のことよりも、子どもたちの幸せを喜ぶ日向先生が、とても神々しく思えた瞬間でした。3カ月間、難しい問題に向き合ってきた日向先生/井上真央、お疲れさまでした。そして、決して明るくはないドラマを応援し続けてきた視聴者のみなさんも。どうかよい年をお迎えください。

(文=長野辰次)

最終更新:2017/12/25 22:30
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