カラテカ・矢部太郎と大家さんの幸福な関係~『大家さんと僕』インタビュー
ひとり暮らしは、さみしい? 気楽? 家族はあったかい? ウザい? どっちの気分のときもあるでしょうし、「絶対こっちがいい!」なんてルールはありませんよね。ただ、2015年の国勢調査によると、現在の日本では老若男女問わず、単身世帯が増加中のようです。とりわけ割合が多いのは、高齢の女性のひとり暮らし。夫に先立たれてひとりで暮らすケースが多いようです。一方、男性はというと20~30代が単身世帯のほぼ4割。
そんな「おひとりさま高齢女性」と「おひとりさま男性」が、ひとつ屋根の下――といっても二世帯住宅型のアパート――で暮らし、交流している日々を描いたマンガ『大家さんと僕』(新潮社)が爆発的に売れています(なんと現段階で7刷15万部!)。作者は吉本興業に所属する芸人・カラテカの矢部太郎さん(40)。矢部さんは、大家さんである88歳の老婦人と、約50歳近いジェネレーションギャップを味わいながら、“芸人らしからぬ”価値観で豊かに楽しく生きている……ように見えます。大家さんとの暮らしについてお話を伺いました。
『大家さんと僕』新潮社
『大家さんと僕』は、芸人の矢部さんが初めて描いたエッセイマンガ。矢部さんが8年前に引っ越した新宿のはずれの一軒家(の二階)、一階には高齢女性である大家さんがひとりで暮らしていました。大家さんの挨拶の言葉は「ごきげんよう」、毎日きちんとした服装で身なりを整えて、朝は早く起きて庭を掃除し、食事も三食きちんとした時間に作って召し上がる上品なおばあさんです。
貸し出している部屋はひとつだけ、つまり物件の借主は矢部さんひとりなので、大家さんと一対一のお付き合いがはじまります。一軒家のため距離感が近く、干しっぱなしの洗濯物を大家さんが取り込んでくれたり、ウォシュレットを「使わないから」とくれたり……家賃を手渡しする際には欠かさずお茶に誘われ、矢部さんはその距離感に最初は戸惑ったといいます。
「ひとり暮らしって、自由じゃないですか。ひとり暮らしの良さを知ってしまって、もっと早くすればよかったなと思っているくらい。実家は東村山市だから遠いわけじゃないんですけど、26歳で家を出てから実家にほとんど帰らなくなっています。ひとりだと気を遣わないじゃないですか、何時に帰ってもいいですし、お風呂の順番もないし、夜中に映画を観てても大丈夫だし、自堕落でもいい。毎日ゴミみたいなもの食べてても何も言われないですからね。そういう暮らしが自由というか、いいなあと……でも、今もひとり暮らしではあるのですが、すぐ近くに大家さんがいる。この感じも悪くないんです」
――大家さんと矢部さんが、事務的な関係でもただのお友達でもない、どう表現していいかわからないけれど良い塩梅の交流をされていることが『大家さんと僕』ですごくわかりました。ここへ越す前はどんな部屋に住んできたんですか。
「最初は、一階がライブハウスになってるマンションだったんです。ベース音がすごかったですね。ズンッ、ズンッ、ズンッ」
――笑。低い音は響きますね。
「ジャンル的に激しい感じの音楽のライブが多くて。そこは2年契約で更新しなくて、引っ越しました。次は焼肉屋の上階だったんですけど、深夜、終電前の時間くらいにお店が閉まるので一本締めを何度もやる音が全部聞こえてくる。夏とか窓をあけたりしたいんですけど騒音が厳しいので、そこも2年契約で更新せず。次に住んだところは今の部屋の近所で、オートロックで7畳のワンルームマンションでした。一回更新したんですが……番組ロケで部屋の中をポケバイが走るなど色々やらかしてしまって、『もう更新しないでね』と言われてしまって」
ひとり上手の心地いい関係
――今はもう実家に住む選択肢はない?
「ひとり暮らしのきっかけが、実家が遠いからだったので……仕事場が大体都心なので、やっぱり遠くて。実家でもし寝坊すると一時間くらいの大幅な遅刻になっちゃうんですよね。現場って大体本番開始の一時間前が入り時間なので、家が都心であればもしその時間に集合できてなくてもマネージャーさんに電話もらえれば間に合うんです。実は今日も寝坊しました、すみません……(苦笑)」
――寝つきが悪すぎるとか、あるんですか。
「ちょっと尋常じゃない冷え性というのが関係してるようなんですけど……起きたとき仮死状態みたいになってるので、蘇生させないといけなくて」
――木造アパートだと寒そうですね。
「冬は寒くて夏は暑いですね(笑)。でもそれを補って余りあるくらいの素敵な物件なんですよ、今住んでいる部屋は」
――大家さんがいるから、だけではなくて。イラストでは木造二階建て外階段でコンパクトに書かれてますけど、実際の間取りはどうなっているんですか?
「ワンルームなんですけど、22畳なんです」
――広い!!!!
「広いんです。この広さのワンルームってなかなかないので、それが良くて。洒落てるわけでもないし見た目は普通の木造アパートなんですけどね。物件としてすごく魅力的で絶対に引っ越したいなと思いました。あと、オートロックじゃない物件というのもポイントでした。前に住んでいたオートロックのマンションでは、鍵をよく失くして弁償していたんですよね。オートロックの鍵って高いんですよ……。オートロックなしの広い物件という条件で探して、ここにたどり着いたんです。バストイレ別、室内洗濯機置き場、キッチンコンロは一口ですけど僕あまり自炊しないので全く問題なくて僕にとってはすごくいい部屋です」
――もともとそこに大家さんはご家族で住まれていたんですよね。それを一階と二階を分離させて二世帯にして。矢部さんの前に借りていた住人の方ってどんな人だったのでしょう。
「大学生の男の子が住んでいたそうです。その人も大家さんとめちゃくちゃ仲良くて、お茶したり伊勢丹行ったりしていたそうで……元カレみたいなね(笑)。でも僕、過去は気にしないタイプなんで! 過去88年もありますから気にし出したらきりがないし(笑)」
――でも矢部さんも最初は、警戒心のようなものがあったというか、大家さんとすぐ馴染んだわけではないですよね。
「すぐではないですけど、最初におうちにお茶でお呼ばれして入ったのは入居から数カ月後ぐらいでした。引っ越しのご挨拶した時点で『今度お茶しましょうね』って言われて、人となりをわかってもらったほうが信用してもらえるだろうし一回くらい行ったほうがいいと思って伺ったら、『またしましょう』ってすごい誘われるようになって……。
僕はひとり上手というか、ひとりでしたいことが読書とか映画見たりとか色々あるので、淋しさなんかも感じなかったし、大家さんとの距離が近い感じは最初は求めてなかったんです。でも、気がついたら鹿児島まで一緒に旅行するくらい仲良くなってましたね(笑)」
「何が楽しくて生きてるの?」と聞かれても…
大家さんと矢部さんの近すぎず遠すぎない関係、羨ましいです
――高齢女性はともかくとして、単身世帯の「結婚しない若者」って、社会問題として扱われがちですし、次世代を生まないことをネガティブに捉える向きもあります。でも個人の幸福としては、家族ではない単身世帯同士の交流というかたちもありですよね。
「あっ、僕も大家さんもすごい、幸福度は高いなと思ってて。芸人の世界の常識だと、僕が『幸福度が高い』と言っても『嘘やろ』ってなって認められないし、世間一般もわりとそうなのかなと思うんですが(笑)。でも売れていっぱい稼いで女の子たちと遊んで美味しいもの食べて……っていう方向性じゃなくても、楽しいこといっぱいあると思うんですけどね。
品川庄司の品川さんとかそっち派なので、そういう話をするとよく『お前、何が楽しくて生きてるんだ?』とイジられたりします(笑)。そう言われるぐらい、芸人の中では誰も、僕みたいにはなりたいとは思ってないんじゃないかなあ。価値観ですよね。どちらかといえばマイノリティなのかもしれません」
――過去にテレビで花嫁募集企画をやられてましたね。
「ああいうのは、テレビだなって感じはしますけど(苦笑)。同世代の女性と話すのはあまり楽じゃないというか、気を遣ってしまうのですぐ仲良くはなれない、時間がかかりますよね。何回も会ったりすれば喋れるんですけど……大家さんとだって、結構頻繁にお茶をしていたので仲良くなれたんですよ」
――大家さんとはもはやお互いお誕生日のお祝いをするくらいの関係なんですよね。
『大家さんと僕』新潮社
『大家さんと僕』新潮社
「今年はお誕生日にマグカップを差し上げました。全然高いものではないんですけど、喫茶店でお茶しながら米寿をお祝いして。サンドイッチを頼んだんですけど、僕も大家さんの少食なので二人で一皿でいいくらいなんですよ。でも注文した一皿が来たら大家さんが『テーブルが淋しいわね、もうひとつ頼みましょう』って頼んじゃって(笑)。大家さんは1~2コしか食べないし僕も1~2コでいいのに無理して食べました」
――大家さんは京王プラザホテルの中華がお好きなんですよね。ゆっくりお食事されるので一緒にランチするとなると平均4時間かかる(笑)。
「そう、時間がかかるのでディナーはあまり行かないんです。まあ僕も少食だし食べるの遅いんですが、大家さんよりは少し早いです(笑)。芸人の先輩と食事すると僕だけ全然食べ終わらなくて、置いてきぼりでさっさと帰られることもあるくらいなんですが」
――そのペースというか、呼吸が大家さんとは合っているのかもしれませんね。矢部さんは「待てる人」ですよね。
『大家さんと僕』新潮社
――大家さんもお年を召されているので、単行本ではハラハラしてしまうくだりはありますが……。
「博多華丸・大吉の大吉さんにも『後半ハラハラしてページめくれなかったわ。帯に大家さん元気ですって書いといて!』と言われました(苦笑)」
――お二人でお散歩していて、大家さんが「年だからもう転べないのです 矢部さんはいいわね まだまだ何度でも転べて」というシーンは示唆に富んでいました。
「それ、いろんな方に言われるんです! 僕はその言葉にそんなに深い意味があると思って描いていなかったので、言われてみるとなるほどなあって。もう40歳ですけど、まだ40歳ですし」
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芸人らしくないけれど、穏やかな生活を楽しんでいる矢部さんの「幸福度」の高さ、『大家さんと僕』を読めば一発で理解できてしまうのではないでしょうか。そして矢部さんも数十年後、大家さんのような素敵なおじいさんになっているのかもしれません。
『大家さんと僕』新潮社
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