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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.457

強制収容所にガス室は存在しなかった!? 歴史修正主義者との不毛な戦い。実録法廷劇『否定と肯定』

米国人であるリップシュタット(レイチェル・ワイズ)は、英国スタイルの裁判になかなか馴染むことができずにいたが……。

 2000年、ロンドンの王立裁判所での口頭弁論が始まり、アーヴィングは自分自身が弁護人となって証言台で滔々と自説を述べる。ところが、アーヴィングの語る内容とは「アウシュビッツにはガス室はなかった。収容所で伝染病が広まるのを防ぐために、死体をガス消毒していたのである。あれはガス室ではなく、霊安室だった」というトンデモ系のものだった。死体はすぐに焼却されたのに、なぜガス消毒するのか意味不明だった。さらに「なぜ霊安室の扉に覗き穴を付ける必要があったのか?」とツッコミが入ると、「地下にあるガス室をドイツ兵が防空壕代わりに使っていたから」というこれまた珍説が返ってくる。ここに至って、リップシュッタットの弁護団は彼女やホロコーストサバイバーたちをトンデモ学説を振りかざすホロコースト否定論者と同じ土俵には立たせないという戦略をとっていたことが明らかになる。テレビの討論番組や新聞では両論並記という形がよく用いられるが、それは根拠のない自説を唱える歴史修正主義者にとっては史実と同列に並ぶことができる絶好の機会だったのだ。

 裁判が進み、アーヴィングは歴史資料の中から自分に都合のいい部分だけを抜粋し、内容を歪める形で自分の書物に引用していたことが判明する。そして判決、当然ながらリップシュッタットは勝利を収める。ではアーヴィングは歴史修正主義者の立場を改めたかというと、もちろんそんなしおらしい人間ではない。「公判結果をよく読むと、自分に有利なように読むことができる」とお得意の独自解釈をマスコミ相手に繰り広げる。裁判に負けても、彼はホロコースト否定論者であることをやめようとしない。なぜなら、「それでもホロコーストは存在しなかった」と主張したほうが、反ユダヤ主義者たちを中心に自分の出版物が売れるからだ。アーヴィングにとっては歴史的に正しいかどうかよりも、自分の本が売れることが重要だった。

 月刊誌「マルコポーロ」の場合は、アーヴィングたちが支持したホロコースト否定説という反ユダヤ主義者たちのプロパガンダ文書を鵜呑みにした寄稿記事を掲載したために、廃刊へと追い込まれた。歴史修正主義者たちを支える民族差別や偏見が消えない限り、アーヴィングのようなトンデモ学説は今後もささやかれ続けるに違いない。
(文=長野辰次)

『否定と肯定』
監督/ミック・ジャクソン 脚本/デヴィッド・ヘア
出演/レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン、カレン・ピストリアス、アレックス・ジェニングス
配給/ツイン 12月8日(金)よりTOHOシャンテほか全国ロードショー公開中
C)DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016
http://hitei-koutei.com


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最終更新:2017/12/08 22:30
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