女と自由との揺らぎ──『私だってするんです』小谷真倫の探求「自分の凡庸に負けたんだ……」
#マンガ #インタビュー #昼間たかし
「作中で、林檎が電マを試していますが、これも実体験を通していらっしゃるのですね」
「そうですね、電マは……過去にやったことを彷彿とさせて、という感じですね」
「ひと通り試していらっしゃる」
「ええ、それは日記に全部……。こう、メモ書きにしてあるんですよ。何月何日にこれをやったと。『死ぬかと思った』とかみたいなことを」
「死ぬかと思ったとは」
「えっと、社会的に死ぬかと思ったのが電マなんですよね。なんか、音みたいなのとか……騒いだりとかで、迷惑をかけたのは電マ」
「声は出てしまった」
「そうですね。ちょっと、転落したりだとか」
「とりわけ、セクスティングでの敗北感は、事実を反映しているふうに読めますね」
「これなんか、大学生の時に調子こいてやっていたような気がするので……。それに近いことを正気になって考えたら、気持ち悪いな。よくよく考えたら、そんなに自慢げな身体でもなかったなあ……」
「それは、当時の彼氏なりに送った」
「彼氏というより好きな人に送ったんです。その時だけ盛り上がって……5年くらい賢者タイムでしたね」
作中で記されているさまざまな行為を、自身が体験している。そのことを聞いても、まったく隠すことはしない。隠すことはしないのだが、自慢することもしない。それもまた、小谷の作品に反映されている独特の精神性である。女性の性を扱った時に、多くの作品は暴露的、露悪的、あるいは社会問題提起であったりする。ところが、小谷はどちらでもない。「こんな作品」を描くことに突っ走ってしまう情熱と「こんな作品」を描いてしまう恥ずかしさの間を揺らいでいる。それは、主観と客観の間の揺らぎのようなもの。その揺らぎが、作中で描かれる性を、今まで描かれてこなかっただけで、実は人知れず普遍的に存在していたものであるという存在感を与えている。
「セクスティングで、もう一歩を踏み出せない林檎の敗北感。それは、一線を越えた先に楽しい世界があるのがわかっているからこそなのでしょう」
「そうです。ですから、この主人公の林檎は非常にまともで、けっこうフツーの人間。真人間。身体はエロいけど……」
世間の常識と、自分の知りたい世界との揺らぎの中に、作品世界を模索する小谷。高校までを過ごしたのは、今は市町村合併で二本松市となった福島県中通りの山間部。マンガ雑誌は薬局に「なかよし」(講談社)が数冊入る「なんかイノシシとかいるところ……」という土地で、小谷が夢見ていたのは、魔法使いになることだった。
「人と同じ行動をとるのがツラくて……大人になるにつれて、なれないなとわかってやめたんですけど」
そういった過去を「一定の年齢まで信じていたから、危ないなとは思っています」とは言いつつも、当時の小谷は本気だった。小学校6年生の頃、10年に一度規模の台風が福島県に上陸した(平成10年台風5号だと思われる)。
「私はそろそろ空を飛べる、この風に乗って別の世界へ行ける!!」
嵐の中、家を出た小谷は、強い決意を持って近所の山の崖から飛び降りた。空を飛ぶ事はできず、傘を三本ぶっ壊して大人に怒られただけだった。その他、悪事をやらかして全校集会を開かせたりした。「劣等生で悪童であった」と小谷は振り返る。
「親は、ちょっとオツムの具合がアレかなっと。両親は真人間だし、弟も真人間だし」
現状維持が美徳の保守的な田舎の村で、小谷のような子どもは浮いていた。『私だってするんです』の単行本が発売になり、地元の大きな書店は、地元出身のマンガ家として大きく棚を割いている。サイン本の依頼もある。田舎に帰れば、仲良く話せる旧友もいる。それでも「東京でマンガ家をやっているという時点で、やっぱり浮いている」というのが、小谷の見立て。単行本の加筆されたページにも記されているが、作品の登場人物のモチーフには、故郷の友人たちもいる。時折、帰郷した時に、その友人たちと落ち合う。そんな時に、何気なく口に出る今の幸せや、これからの人生の目論見……旧友たちの思い描く幸せとの解離を感じている。
「そういうところに帰りづらいという思いはありますね」
自ら「今でいうところのスクールカーストの最底辺みたいな、根暗」と、十代の青春を語る小谷。でも、その最底辺に属することで、逆にすんなりと見えてくるのが複雑な人間模様や、得体の知れない輝きを放つ人々の姿。だから『私だってするんです』に描かれるキャラクターの多くは、これまで自分が人生で出会い、興味を持った人々の中から生まれてくる。
例えば、作中に登場する地味で目立つタイプでもないくせに、すでにセックスも体験していることがわかり、林檎を驚かせるクラスメイトの中村広子。そのモデルは、地味なのに性には発展的だった同級生。
たとえ人口の少ない田舎町でも、学校に行けば作中に出てくるようにさまざまな興味深い同級生たちがいた。でも、キャパシティのない地域社会の中で、異端者が折り合いをつけて暮らすのは、甚だ難しい。進学や就職など、さまざまな方法で、生まれ育った土地を後にするのは必然である。小谷の場合、進学がそれだった。選んだのは、女子美術大学。それもまた、地元では異端な進学先。けれども、大学に入れば、そこは世間の常識などものともしない人々が溢れる世界。
「私の美大は全裸になって自分の肉体に色を塗ったり、芸術の方法が過激な子とか、フツーにレズビアンの子とかもいたんで……」
そんな枷を解かれた世界で、小谷はマンガ家としての人生を明確に描き始めていた。もともと、マンガ家になろうと思ったのは、魔女を断念した直後。憧れの優等生の先輩が、マンガ家になりたいと言っていたのがきっかけ。
「自分にはないから、この世界ではリア充をって、害虫とかは一切出てこない、青春のぞわぞわする感じのを描いてました」
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