マーベルが知らぬところで勝手にリメイク?――世界中に溢れるマーベル無許可のスパイダーマンその中身
世界にはマーベルの許可を得ずに作ったであろう、スパイダーマン映画がたくさん存在する……それも、かなり現地の文化を相当反映した形で。こうした映画は一見すると、荒唐無稽なようにも思えるが、実はその国の文化を理解するためのツールになるのかもしれない?
『スパイダーマン:ホームカミング』(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)
今年は『スパイダーマン:ホームカミング』が公開され、大きな話題となった。前作『アメイジング・スパイダーマン2』を超す大ヒットを記録し、早速シリーズ化が決定したとのことで、再リブートは成功したといえよう。
さて、本作は1977年にCBSで放送されたテレビ映画から数えると、これまで実写化されたスパイダーマンとして8作目ということになるが、実はもう一作「幻のスパイダーマン」が存在しているのはご存じだろうか?
そんな幻のスパイダーマンを製作したのはまさかの日本。78年に東映がマーベル・コミック社とキャラクター使用契約を交わし、オリジナル作品を制作していたのだ。だが、その内容は原作コミックとは大きくかけ離れており、“スパイダーマンがレオパルドンという巨大ロボットに乗り込んで戦う”など、もはやスーパー戦隊シリーズのような特撮で「マーベルが激怒して封印された」との噂もあったほど。しかし、原作者のスタン・リーは「世界各国でスパイダーマンが製作されているが、その中でも日本版だけは別格だ。レオパルドンもとてもかっこいいロボットだった」とコメントしており、マーベルや原作者にとって特に黒歴史というわけではないようだ。
一方、ここで気になるのはリーが発言した「世界各国でスパイダーマンが製作されている」という点。そう、東映は権利を得て制作したが、世界にはマーベルから確実に許可を取らずに、勝手にリメイクされたスパイダーマン映画がゴロゴロあるというのだ。そこで本稿ではスパイダーマン映画の正史からは除外される、世界の「無許可スパイダーマン」を見ていきたい。
エログロ全盛期のトルコではスパイダーマンはマフィア!?
スパイダーマンが実写化されたのは前述したように、77年のテレビ映画が最初といわれているが、裏面史の立場からするとそれは誤りで、正確には73年にトルコで製作された『3 Dev Adam』【1】が、最初の映像化とされている。
本来はヒーローとして活躍するスパイダーマン。しかし、トルコではヘマをやらかした部下を食人モルモットに喰わせ、回転する舟のスクリューを顔に押し当てて殺し、入浴中の裸の女性を絞殺するなど、ヴィラン(悪役)も真っ青になるほどの極悪人として登場。さらに、そんなスパイダーマンに立ち向かうのはキャプテン・アメリカと“メキシコの伝説的なマスクマン”エル・サントというハチャメチャな内容で、権利もへったくれもないパクリ具合である。
「当時のトルコには、スパイダーマンの他にも、『スター・ウォーズ』、『E.T.』、『エクソシスト』まで、ハリウッド作品を焼き直したような、パクリ映画がたくさん存在しましたよ」
そう語るのは、映画ライターのなかざわひでゆき氏。当時のトルコは、経済の急激な高度成長を背景に、最盛期には年間300本以上もの映画が粗製乱造されていたという。しかし、いくらパクリとはいえ、スパイダーマンが容赦なく人を殺していくシーンは、今見てもかなりバイオレンス。どうしてトルコのスパイダーマンは、ここまで残虐になったのだろうか?
「70年代、トルコの大衆映画では、アクションとエロスが最重要視されていました。労働者を癒やすために娯楽的な要素が強く、より過激な内容が好まれ、また男女が公衆の面前で手をつないで歩くことすらご法度だったこともあり、劇中のサービス・ショットは“ズリネタ”として重宝されていたんです。イスラム圏としてはかなり珍しい映画文化ですね」(同)
容赦ないパクリの揚げ句に、過激な暴力描写とトップレスの女性で彩られたトルコの映画産業。しかし、80年代に入るとテレビ産業が主流となり、フィルムは燃やすと銀が出るということで次々に破棄されて、こうしたエクスプロイテーション的な映画は廃れていった。
インドのボリウッドではスーパーマンと空を飛ぶ!?
一方、本国アメリカではテレビ映画をきっかけに、ようやくスパイダーマンの映画化が動き出すが、当時の技術ではスパイダーマンをCGで作り出すのはそもそも難しいという問題が発生。また、技術面の問題ばかりでなく、マーベルの権利もはっきりせず、監督や脚本家が製作から次々と降板するなど、なかなか軌道に乗らない。そんな中の88年、今度はインドでスパイダーマンもとい、スパイダーレディが誕生してしまう。
インド映画といえば、濃い顔の演者、クサすぎるセリフ、明るいシーンとシリアスな展開の極端な緩急、そして脈略なく始まるミュージカルシーンでおなじみだが、スパイダーレディも例外なく、歌い踊っている。
そんなスパイダーレディが登場するのが『Dariya Dil』【2】というメロドラマ映画。同作では、主人公とヒロインの恋が実った瞬間、突如として場面は切り替わり、スーパーマンの格好をした主人公と、スパイダーレディに扮したヒロインが空を飛び、地上に降り立つと群衆を従えて踊り続けるという必然性のないシーンが始まる。一応、ケンカ程度のアクションシーンはあるものの、あくまでもメロドラマ。なぜ、急に関係のないスパイダーレディのダンスが挿入されたのだろうか? 某キー局の制作会社に勤める、日本育ちのインド人スタッフはこう語る。
「ボリウッドでも漏れなくハリウッド映画や日本映画のパクリはありますし、このシーンで歌われている曲の歌詞のサビは『あなたは私のスーパーマン』ということで、コスプレをしたのでしょうか?(笑) また、インド映画では、カースト制度への逃避として、貧困層も映画の中だけでは仮想現実を楽しもうということで、歌や踊りが組み込まれる構成が多いんです。つまり、歌って踊るのはいわば、『スーパーマリオ』でスターを獲得して無敵状態と化しているような様子を表したいので、急に始まるんですよ」
日常からの乖離を表現するために、必然性のないように思えるダンスが始まる。とはいえ、陽気で明るいインド映画のミュージカルシーンが、カースト制度という同国の暗部に対するアンチテーゼというのは、なんとも切ない。
映画最後の秘境・アフリカの衝撃リメイク
話をアメリカに戻そう。2000年代に入るとCG技術の発達と、ようやく権利関係に決着がついたため、正統なるハリウッド版『スパイダーマン』が次々と公開されていく……が、10年にサム・ライミ監督が降板させられたことによって、またゴタつきを見せていた。
そんなハリウッドの体たらくぶりを見かねたのか、今度は現代映画最後の秘境・アフリカが動き出す。世界中で『アメイジング・スパイダーマン』が公開される前年の11年、ガーナの“クマウッド”では『Ananse 1&2』【3】というタイトルで、暴漢たちに臓器売買か黒魔術の生贄のために虐殺された少女がその黒魔術によって、90年代のアーケードゲームを思わせるようなCGでスパイダーマンに変身し、暴漢たちを殺していくという内容の映画が公開された。
一応、Rockson Film Productionという、プロダクション製作の本作は、衝撃的なスパイダーマンの造形と、チープなSFXに目を奪われがちだが“スパイダーマンを自国の文化とつなぎ合わせた現象は興味深い”と、北部ナイジェリアで製作された忍者映画を研究する文化人類学者・中村博一文教大学教授は語る。
「この映画のタイトルの“アナンシ”というのは、ガーナに現住するアカン語系民族の神話・伝承における蜘蛛のことです。また、ナイジェリア北部のハウサ語圏ではギゾとも呼ばれ、蜘蛛というのはアフリカ地域にとって“トリックスター”という意味があります。大衆に人気があるヒーローという知名度に加え、蜘蛛という生き物にもともと込められた神出鬼没性という役割も作用しているように思えます」
黒魔術というアフリカ独自の文化に加え、自国の神話もスパイダーマンに取り入れるというのはローカリゼーションの良い例にも思えるが、「劇中では蜘蛛(アナンシ=スパイダーマン)は暴漢に取り憑くし、それとは別に女の子の霊も取り憑くという展開で、本当にアナンシと関係あるのか、よくわからないですね。私はナイジェリアのプロダクションの映画に関わったことがあるのですが、現地の映画制作には台本があるわけではなく、前日に『こんな感じのセリフを話してよ』と言われましたし、いろんな要素を詰め込みすぎていて、撮っている本人たちですら『作っていてよくわからない』と言うんですよ。まだ、映画産業そのものが成長中ですから。この映画もそんな印象を受けます」(中村教授)と、映画の出来には直結していないようだ。
黒魔術がリアリティー?暗いスパイダーガール
そんなガーナに続けとばかりに昨年、アフリカ最大の映画産業、ナイジェリアの“ナリウッド”がスパイダーマンを『スパイダーガール』【4】としてリメイクした。
本作のスパイダーガールは本来の蜘蛛らしくジャングルを飛び回り、ガーナ版に比べてアクションやCGは完成度が高い。中村教授いわく「ナリウッドでは撮影機材は家庭用のホームビデオだけではなく、背景がキレイにボケ感の出るキヤノンのEOSも使っています。また、テレビ局で撮影を学んだスタッフも多く、シナリオライターやプロデューサー的立ち位置も存在する」など、製作体制がきっちり確立している。さらに劇中で使われる銃は「銃口は埋めてありますが、本物じゃないですかね? ニジェールとの国境付近では銃は1万円程度で買えるので、わざわざ偽物をつくるよりも、すでにあるものを使ったほうが早く、もしかしたら、軍からの払い下げなんかを使っているのかも」(同)という代物。そもそもナリウッドの本場、ラゴスには俳優学校があったり、北西部のソッコトにはアクションを学ぶためにカンフーの指導教室が開かれたりと、映画制作には相当こだわりがあるのだ。
しかし、ナリウッド映画はハッピーエンドが多いといわれている中、本作は『Ananse 1&2』と同様、貧富の差、レイプ、黒魔術、虐殺など、アフリカに根強い社会問題が描写され、内容そのものはかなり暗い。
「2作とも社会的メッセージは明確ですよね。アフリカは貧富の差が激しく“金持ちは貧民から搾り取った金で贅沢をしている”と思い込んでいる人も多いです。そのため、金持ちを懲らしめる復讐の方法としての呪術は珍しいものではなく、映画でもよく描かれているのです。また、ナイジェリアに限っていえば、北部は特に貧富の差が激しく、中間層が生まれつつあるとはいえ、国民のほとんどは貧しいままです。職業としてタクシーの運転手がかなり多いのですが、彼らは毎日働いても、自分の車が買えないほどのわずかな賃金しかもらえず、“アフリカンドリーム”がほとんどない国なんです。そういった現実が映画に反映されているともいえます」(同)
インドとは違い、映画に実際の社会問題がリアルに映し出されているのは、なんともつらい話だ。
本家に認められる日も?無許可作品たちの未来
ところ変われば、スパイダーマン変わる――世界の無許可スパイダーマンは荒唐無稽だが、もしかしたら、世界共通のキャラクター・スパイダーマンはその国の文化を理解するための、ひとつのツールになり得るのかもしれない。前出のなかざわ氏は、こう述べる。
「昔は発展途上国に著作権の概念がなく、著作権側からすると、とんでもない話だとは思いますが、スパイダーマンに限らず、こうしたハリウッドのパクリ映画って究極のローカライズじゃないですか。その国の人々の価値観や文化が如実に表れていますよね。しかし、近年のハリウッドによるグローバリゼーションが、こういう映画をすべて破壊したと思うんですよ。まぁ、守るべき伝統なのかは、議論の余地ありですが(笑)」
確かにマーベルとしてはたまったもんじゃないかもしれないが、今回紹介してきた無許可スパイダーマンを観ることによって、日本に住む我々には理解し難いカースト制度や黒魔術といった問題も知ることができるという側面もあるのだ。
さて、冒頭で紹介した東映のスパイダーマン。実は数年前にアメリカで発表されたコミック『スパイダーバース』では、並行世界のスパイダーマンのひとりとして30年の時を経て、巨大ロボット・レオパルドンと共に本家デビューを果たしている。
黒歴史とも「マーベルが激怒」とも評された作品だったが、長い時を経て、スパイダーマンシリーズの重要な作品として認められた。そうなれば、今後はこれまで紹介した国々のスパイダーマンも、いずれ東映版のように本家に認められ、作品に登場する日も来るかもしれない。
(文/小峰克彦)
スパイディ史上初の実写化
【1】卑劣なスパイダーマンに立ち向かうのはキャプテン・アメリカとマスクマン!?
『3 Dev Adam』(トルコ/73年)
イスタンブールを舞台に、スパイダーマンが「ヘマをやらかした部下をモルモットに喰わせる」「トルコの国宝をアメリカに売り飛ばす」「女性を絞殺して仏像を盗む」「入浴中のカップルを刺殺して高笑い」という、とんでもない悪役として登場。そんな凶悪なスパイダーマン相手に、キャプテン・アメリカとエル・サントが立ち向かうというアクションあり、コメディあり、ストリップシーンありの完全オリジナル作品。『アベンジャーズ』(12年)のような、複数のヒーローが登場するクロスオーバー作品の元祖ともいえよう。どこからも、キャラクターの使用許可は取っていないが……。ちなみに、この映画ではヒーロー同士が戦うといっても、スパイダーマンは蜘蛛の糸を使わず、キャプテン・アメリカもシールドを使わない肉弾戦がメイン。また、スパイダーマンはショッカーと同じシステムなのか複数人いるので、倒しても倒しても、たくさん出てくる。
幸せなダンスと雑な特撮
【2】スーパーマンと歌って踊る!?これがボリウッドの真骨頂!
『Dariya Dil』(インド/88年)
真夜中のデパートに閉じ込められた主人公とヒロイン。もともと、2人はお互いを憎しみあっており、ヒロインは主人公を警戒して、店内で売られているサーベルを手にするが、刃の部分を掴んでしまったために出血してしまう。それを主人公が応急処置して、2人の距離は急接近。そして、お互いが良い感じになると、急に場面変更。スーパーマンの衣装に身を包んだ主人公と、スパイダーレディに扮したヒロインが、チープなシンセ音に合わせて「あなたは私のスーパーマン 私はあなたの女、女~」と歌い上げながら空中で踊る。空を飛ぶ2人は途中、広場で踊る集団を発見。そこに降り立ち、今度は集団でダンスダンスダンス! そして、何度も口づけを交わす。このほかにも劇中ではミュージカルパートが数回あるが、百歩譲ってスーパーマンに関する曲ということで、スーパーマンの衣装を着たのはわかる。しかし、どうしてスパイダーレディなのかは何度観直しても理解できない。
チープでグロテスクなCG
【3】虐殺された少女の怨念がスパイダーマンに乗り移る!
『Ananse 1&2』(ガーナ/11年)
『ターミネーター』、『プレデター』、『バットマン』などハリウッド映画の焼き直しを、大量に制作しているRockson Film Productionによるスパイダーマン。スパイダーマンだけでなく、どの作品も初期の『モータル・コンバット』に影響を受けたかのようなチープなCGと、人体破損描写が特徴的。スパイダーマンを、黒魔術によって召喚された神の使いなのか、アナンシのようにトリックスターとして描きたいのかは不明だが、CGのスパイダーマンが登場するとき「うぅぅぅぅ」と、不気味なうめき声のような音が入るのは、もはやホラー。ちなみに、この映画の監督、本作を勝手にYouTubeに違法アップロードされたことに激怒。著作権侵害だから削除するようにコメント欄に書き込んだところ「お前も、そもそもマーベルからなんの許可も取ってないだろう」と、逆に突っ込まれていた。
主演は50万ナイラ(16万円)女優
【4】ナリウッドのスパイダーガールは9時間以上にも及ぶ超大作
『Spider Girl』(ナイジェリア/16年)
昨年から今年にかけて製作された最新の無許可スパイダーマン。森の中でテロ組織に攻撃された主人公が、蜘蛛に噛まれたことによってスパイダーガールに変身し、弱者を虐げるテロ組織たちに立ち向かうという内容。これまでの無許可スパイダーマン作品とは違い、本作ではようやく糸を使って戦う。糸の力は強く、若者たちを乗せたままコントロールが利かなくなり、暴走するバスを糸で止めることもできる。ナイジェリア国内で評判なのか、正確には把握できていないが、現在までにシーズン10まで作られており、最新作ではなぜかスパイダーガールが2人になっていた。シーズンが続いていくのは、本文にも登場した中村博一教授いわくナイジェリア映画では昔からよくあることらしい。また、ナリウッドでは役者一本で生活できる俳優は少ない中、本作主演のレジーナ・ダニエルズの出演料は50万ナイラ(16万円)と、それなりの額だという。
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