なんでも作っちゃう中国農民、今度は「1人乗りジャイロコプター」を開発! その苦難の道のりとは……
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ロボットから潜水艇まで、本サイトでは数々の工業製品を“自作”する中国の農民たちの姿をお届けしてきたが、今回、小型航空機の自作に成功した男性の存在が報じられ、中国で話題になっている。
自ら「農民発明家」と名乗る40歳の趙斌さんは、広東省の潮汕エリアの農家出身で、工業高校で電子工学を学び、卒業後に独立。エレベーターの修理や、下請け工場の経営などを経て、河南省の炭鉱で働くようになったという。そこで彼は、毎日、数時間もかけて泥だらけの悪路を運転して通勤しなければならなかった。このとき「もしヘリコプターがあれば」と考えていたという。
2006年のある日、友人の家に遊びに行くと、そこに中古の小型ヘリコプターがあった。乗せてもらった趙さんは衝撃を受け、あまりに興奮して眠れない日々を過ごしたという。
しかし、ヘリコプターを購入できる資金もなく、仕方なく似た構造のジャイロコプターを自作することを決心したのだ。航空機マニアから図面を入手し、廃部品やスクラップ金属などをかき集めた。スロットルレバーはゲーム機のコントローラーから、計器はオートバイから、座席は車から、それぞれ“流用”して組み立てたという。流用できないプロペラやローターは、図面を参考にアルミニウムから削り出して作った。そして肝心のエンジンはというと、なんとモーターボート用のものを流用! 高出力なので、航空機にも転用できると考えたのだ。
こうして翌07年には自作機が完成し、テスト飛行に成功。このとき、飛行高度は、地上からわずか1メートルだったという。その後も順調に製作を続けていたところ、趙さんを不幸が襲う。14年に、彼の操縦していたジャイロコプターが墜落したのだ。幸い、一命は取り留めたものの、尾骨や腰椎は粉々になってしまった。10回以上の手術をしたが、3年間寝たきりの生活を余儀なくされた。彼の会社にいた設計士の多くが離れていく中、ベッドの上から残った部下たちに指示を出し続け、設計・製造を続けたという。
今年9月、趙さんは再びジャイロコプターに乗ることができた。彼の会社は11年間でジャイロコプターを含む200機余りの航空機を製造したが、その開発には2,000万元(約3.4億円)の資金が投じられたという。ジャイロコプターに関しては、すでに海外からの受注も数百台あり、1台50万元(約850万円)で販売するという。趙さんは「ジャイロコプターの品質性能は、欧州メーカーのレベルに達している」と自負する。
1人乗りジャイロコプターというニッチな市場だが、寒村の農民から裸一貫、航空機メーカーの社長にまで成り上がったこの男は、チャイナドリームの体現者なのか、はたまた、だたの奇人なのか……。
(文=五月花子)
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