バカリズムが『架空OL日記』で、抑圧されたOLたちのゆるやかな女子の連帯を描けた理由 西森路代×清田隆之(桃山商事)
今年4~6月に放映されたドラマ『架空OL日記』(日本テレビ系)は、バカリズムが脚本・主演をつとめた新世代のOL物語だった。郊外の銀行に勤める5人の女子たちの、何が起きるわけでもない日常のドラマを、ライターの西森路代さんと恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田隆之さんは、高く評価している。
「ミソジニーの感じられるネタ」もあったバカリズムが、ありがちな「OLモノ」の展開を避け、リアリティのある描写と面白さを『架空OL日記』で成立させることができたのはなぜか。10月中旬にDVDの発売が予定されている『架空OL日記』の魅力に迫る。
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清田 僕は『架空OL日記』をリアルタイムでは観ていなかったんです。バカリズムって、テレビのネタ番組で女子を戯画化してバカにするようなコントをやっていたりするから、「すごくミソジニーが強い人」というイメージがあって。そういう人の書くOLドラマだから、同じような感じなのかな、と思って当初は敬遠していました。実は、西森さんが主催した『文化系トークラジオ Life』(TBS)のトークイベントに出演させてもらったとき、「事前に観ておいてほしい」と言われて初めて観たんですよね。観始めたら、1話の冒頭からジェラート・ピケのパジャマ着て朝の身支度をするOL・升野(バカリズム)が出てきて、「うわ~、完全に女子をバカにしてるな~」って(笑)。
西森 「女子の朝の支度は長い」みたいなシーンでしたね。ヘアバンドして顔を洗って、鏡見ながらリップグロス塗ったりして。私は5話くらいの放送で偶然見たので、そういう構えた感じなくすんなり入れたのですが。
清田 そのあと、夏帆演じる真紀ちゃんと出勤途中で合流し、「寒いね」「マジ寒いね」ってひたすら言い合うシーンが続くんですが、これも「意味のない会話をする女たち」ってことなんだろうなと思って、ずっと身構えていました。でも、1話を観終わる頃に、「これはちょっと違うぞ……」ってなって。まず、OL5人の間にディスりあいが全然ないんですよ。世の中には「女同士で集まったら上辺だけの会話をして、陰で文句を言いあってる」というテンプレがあるけど、『架空OL日記』は全然そういう方向に行かない。そこから「これはもしかしてすごいドラマかも」って、冷ややかだった目線が一気に反転しました。
西森 バカリズムさん演じる「私」の後輩の紗英ちゃん(佐藤玲)が、ちょっと困った人なんですよね。更衣室のゴミを全然片付けなかったり、先輩たちの中の1人にだけ「彼氏いるんですか?」って聞かなくて変な空気にしたり。でも、そこで「あの子変だよ」と除け者にするわけではなくて、「こういう子だからね」って感じであまり関係性に響かない。ひとつくらい嫌なところがあるからって、排除する感じがないのがすごくよかった。
私自身がOLとして働いていたことがあるからわかるんですけど、会社の仕組みのせいでいがみ合わされるのがバカバカしい。それは後でわかったんですけどね。抑圧的にも聞こえるかもしれないけど、できるだけ穏やかに毎日が過ごせる方向に自然に持っていこうとしていたところはありました。
清田 その環境で生きていかなきゃいけない人たちならではの立ち居振る舞いが必要とされるわけですね。
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西森 『架空OL日記』でも、先輩の酒木さん(山田真歩)が「サンダルではなくパンプスを履きましょう」とか「冷蔵庫の中を整理しましょう」とか貼り紙をしていて、ああいうのもリアルでしたね。実際に、コーヒーサーバーの掃除のために当番でちょっと早めに来るルールなんかもあったんですけどね。そのときに、当番さぼる人というか、どっちかというと連絡もなしでやってない人がいるとめちゃめちゃ腹立つんですよ。一言いってくれれば、ぜんぜん変わるのに、何も言わない人が一番やばい。だから、実際には『架空OL日記』ほどうまくいってなかったかもしれない。でもそこでいがみ合っていたら、孤立してしまう。私はOLもやったし、フリーもやったし、契約社員で編集もやってたからわかるけど、孤立していてもまったく問題ない仕事とそうじゃない仕事があって、OLという働き方は後者なんです。個人の裁量があれば、好きな時間にご飯を食べて、やらないといけない用事があれば外で打ち合わせも資料探しもできるし、そんなに集団行動を重要視する必要はないかもしれません。でも、そうでない仕事では、ある程度、みんなでルールを見つけて、楽しくやっていくこともありだなと思っていました。しかも、そのころは長くても三年契約だったので、その三年を気分よくまっとうしようという気持ちもあったんで。『架空OL日記』は、派遣ではなかったですけど(派遣の人もちょろっと出てましたけど)そういう環境の中でのゆるい連帯の塩梅がとてもよかったです。
清田 そうそう、連帯があって、絶妙な距離感で仲良しなんですよね。いがみ合いも陰湿な陰口もないし、男絡みで仲が壊れることもない。これにはかなり意図的なものを感じました。Lifeのトークイベントでも話しましたが、個人的に最近のドラマや映画には「女子の連帯(=シスターフッド)」を優しく描く作品が増えていると感じていて、例えば朝ドラの『べっぴんさん』や『ひよっ子』(NHK)、坂元裕二脚本の『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)や『カルテット』(TBS系)、大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)など、いろいろ挙げられます。そういう作品が増えていて、『架空OL日記』もその流れの中にあると思います。
西森 男性が女性の物語を書くとき、「女性にはふわふわ楽しい会話をしていてほしい」という方向性にいく場合がありますよね。でも『架空OL日記』は、ふわふわした女性らしさというか、「こうであってほしい女性像」を描いているのとも違うんですよね。なんでもない会話を見て「萌え」を感じさせるとか、そういう消費される女子を描いているとも思えない。もしそうだったら、男性には人気だけど、女性にはさほど受けないというコンテンツになったと思います。
逆に、ギスギスしていがみ合って仲が悪くなるものを消費するパターンもある。私がもしOLモノを書けって言われても、ちょっと前だったら、やっぱりセオリーとしてそういう展開をどうしても入れてしまうんじゃないかって気もしてしまいます。でも『架空OL日記』はどっちでもなかった。やたら女性を貶めるか崇めるかになりそうなところを、そういう視点はまったく抜いて、それで面白い作品にしているのが本当にすごいですね。
清田 しかもすごいと思ったのは、ガールズトーク中に「顔を近づけてしゃべってくる上司の口臭がクサい」という話題になったとき、「うんこの臭いがするからウンハラ(ウンコハラスメント)だよ」「チカハラ(顔が近いハラスメント)、クサハラ(クサいハラスメント)、ウンハラ、日本の3大ハラスメントだね」とゲラゲラ笑いあっていたシーン。これを男性であるバカリズムが書いたのは本当に画期的だと思いました。というのも、男って「女同士は下世話な会話をしている」と思いつつも、そこから「自分たちが女性からジャッジされている」という想像を巧妙に排除してると思うんですよ。例えば「女性は俺のことをクサいと言ってるかもしれない」って、考えることすら恐怖ですもん。だから普通ならそういう想像は排除し、「女同士で陰口を叩きあってる」というイメージに逃げ込むと思うんですが、そうせず、バカリズムが「男の口からうんこの臭いがした」と盛り上がる女子たちの姿を正面から描いたのは本当にすごいことだと思う。
西森 それも、女性を「こうであってほしい」という目線で書いてないからですよね。それと同時に、ちゃんとOLの生活にリアリティがあるんですよ。9話で描かれた「早帰りの日」のエピソードは、さっさと店舗を閉めて帰り支度をする男性上司たちに、「全然終わらないんですけど」と女性行員が言っても無視されて、心中で悪口言いながら黙々と作業をする。上司たちは、下の人の作業量なんか見ていないんですよね。「お達しを出せば皆早く帰れていいだろ」くらいの考えでやっている。
別にあの上司たちはそこまで悪い人ではないのかもしれないけど、権力を持っているからこそ無自覚で鈍感になるという部分も描かれていたと思う。バカリズムさんに観察眼があるからこそ、いろんなものが矛盾なく入っているんでしょうね。
清田 昼食後の女子トイレで歯磨きをするシーンも興味深かったです。5人がみんな歯を磨きながらしゃべってるから、何言ってるのかさっぱりわからない。なのに、不思議と会話が成り立ってるんですよ。あのシーンから「女同士の会話は適当で意味がない」というメッセージを受け取ることもできるかもしれませんが、男である自分にとっては、むしろ“女性特有の高度なコミュニケーション”に見えました。あれっておそらく、相手の言葉は聞き取れないけど、各々が勝手に意味を読み取りあって会話してるわけですよね。これは男にはできない芸当です。男の人って、会話にテーマ(何について話してるか)とゴール(どこに向かって話してるか)がないと不安になってしまう傾向があると思います。だから、仮に男だったら「えっ、今なんつった?」「これってなんの話?」と不安になってしまうはず。
西森 『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系/以下『すべらない話』)みたいですね。話の骨組みがしっかりしてて、枝葉を茂らせてちゃんとオチをつけて、っていう。
清田 そうそう。『すべらない話』が男性的な会話スタイルの極北だとしたら、あの歯磨きは対極にあると思います。
西森 でも、あれは参加している人も何を話してるか本当はわかってないんだけど、わざわざ「ちょっと待って!」って止めるよりも、雰囲気のまま会話を続けていいや、っていう感じかもしれない。
清田 深読みしすぎですかね(笑)。でも、適当に受け流していいところと、ちゃんと意味を共有すべきところを的確に判断しながらコミュニケーションを進めていくのって、かなり高度なオペレーションですよね。ガールズトークの文化がある女性はそのあたりの技術水準が高い。ここには圧倒的な男女のレベル差があると感じます。
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西森 『架空OL日記』で描かれるコミュニケーションでいうと、誰かに対して「あれ?」って思うことがあった場合に、当人がいなくなってから残された2人がちょっとだけツッコむのもよかった。ともすれば、いやらしいコミュニケーションに見えがちだけど、軽くツッコんで済ませることで、本人たちにストレスがたまらない。
清田 「女子はそこにいない人の悪口を言う」っていうのも一種のテンプレですが、そこを簡単に乗り越えてくる。
西森 女性に対する幻想が本当にないんですよね。
清田 やっぱり、あれだけミソジニーが強そうなバカリズムが、なぜこのような作品を書けたのか、つくづく不思議です。
西森 ドラマが始まった当初は「最後の最後でどんでん返しが来て、ミソジニー爆発で嫌な気分にさせられるんじゃないか」と危惧している人はツイッターでも見かけました。でも最後まで全然そんなことはなかった。バカリズムさんは相当な観察力を持っている人だから、それがコント「女子」みたいに悪い方向に出るときと、全然別の方向に働くときがあるのかも。とはいえ、この前、その女子力をバカにしたような以前のネタを見たんですよ。そしたら、バカリズムさんがすごく誇張した感じで、言葉遣いの面でも過剰に女子を演じていて。もちろん、ネタだからそうしないといけない部分もあると思うんですけどね。それが『架空OL日記』になると、ステレオタイプな女子を演じずに、バカリズムさんそのままでやっていて、ドラマとコントでは違うかもだけど、やっぱり相当な変化があるなと思いました。
清田 観察の結果、というのは大きいかもしれませんね。バカリズムはかつてアイドリング!!!と一緒に番組をやっていたし、それこそバラエティ番組なんかで無数の女性タレントと接してきているはず。そういう中で、ドラマで描いたような女性たちのリアルな生態を観察してきたのではないか……。ミソジニーって「女嫌い」と訳されますが、女性に過度な幻想を抱くのもミソジニーの一種ですよね。この社会で育った男には多かれ少なかれミソジニーがビルトインされていると思いますが、それを洗い落とすためには、女の人たちを一人の人間として直視する経験が必須だと思う。そういう観察の結果、男性が書いたとは思えない手つきの作品が生まれたのかもしれません。
西森 どの経験によるものかはわからないですけど、女性を一人の人間と見れないような杜撰な観察眼でできるネタなんて、今のお笑いのネタとしては弱いでしょうしね。
■「ウッチャン、『逃げ恥』、『バイプレイヤーズ』…ポリティカル・コレクトネスの中で生まれつつある新しいエンタメ 西森路代×清田隆之(桃山商事)」に続く
(構成/斎藤岬)
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