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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 本・マンガ  > 46品の“作りたくなる”海軍レシピ
歴史を知り、その時代を味わうことができる本

膨大な情熱と調査が生んだ、作りたくなるレシピ46品『海軍さんの料理帖』が誕生するまで

 様々な資料を調査し、多くの海軍料理に出会った有馬氏だったが、ここで一つの問題に出くわした。当時の海軍料理を記した資料には、写真もなければ材料の分量すら書いていないのである。

「写真にはたくさんの情報が詰まっているんですが、それが一切ない。見た目も分量もないということは、例えば<生地に青のりを振りかける>と書いてあっても、どれくらいかければいいかわからない。生地を丸めるときの形もわかりません」

 分量が書いていないのには理由がある。当時の調理を担当する主計兵への教育は「舌で覚えろ」が基本だったからである。

「何をどう炒めるか、どのタイミングで味付けするかなどの大まかな流れは書いてあります。けれども分量が書かれた資料は、戦時下で新兵に速成教育を施さねばならなくなった昭和17年頃まで現れません」

「そこで着目したのが、当時の一般の料理書です。海軍は全国あらゆる地域から集められた人々が、各地の艦船や部隊に配属される組織ですから、そこで食べられる料理は地域性が少ない味になっていく。そして、時代ごとの食文化の平均は家庭料理に現れるものです。ですので、当時の一般的な家庭料理書の中から同種の料理レシピをひもといていけば、海軍のそれと近似値になると考えたのです」

 それはつまり、何もわからないところからスタートしたということか。そう尋ねると、有馬氏は首を縦に振った。ここに、さらなる本の価値が現れている。

『海軍さんの料理帖』は、いうなれば海軍料理を再現した本である。でも、単に当時の資料をもとにして再現したのではない。残された資料から、レシピを再構築し再現したのである。つまり、すべての料理の背景に膨大な資料が存在するのだ。

「ひとつの料理あたり、重複はありますが50冊くらいの文献は読んでいます。一番簡単だったのは出汁の取り方です。それは、当時の海軍兵の回想記にも書いてありますから」

 そうして解明されたレシピを、有馬氏は自分で調理して検証した。時には大失敗することもあったというが、少しずつ正解が導き出されていった。それを有馬氏は、同人誌『提督の食卓』シリーズとして刊行。それが、今回の『海軍さんの料理帖』へとつながっている。

 今回、収録されたレシピのうち、明治時代の一部を除けば、ほとんどが有馬氏が自分で試したものなのである。

 でも、実は、これはまだまだほんの一部だと有馬氏は言う。

「自分が作ったことのある料理は90~100種類くらいです。今、わかっている料理の数は500~600くらいはあって、これから少しずつ検証していこうと思っています」

 すでに何年もの時間を費やしたが、それでも海軍料理は奥が深い。そして、間違った都市伝説なども生まれてしまっているという現状がある。本の中でも記されているが、海軍では金曜日はカレーを食べていたというのも、実はまことしやかな都市伝説だったのである。

「この都市伝説ができたのは新しい。海上自衛隊では毎週金曜日にカレーを食べる習慣がありますが、これがかつての海軍でもそうだったのだ、という誤解につながったのでしょう。実際には、海軍では特定の曜日にカレーを食べる習慣はありませんでした」

 そうした都市伝説が、一人歩きしてしまう背景には、海軍料理に関する資料で失われたものが多いこともあるようだ。

「太平洋戦争中、ある作戦の前に何を食べたか。それは証言はあっても文献としてはほとんど残っていません。各艦艇では、毎食の食事内容を『献立簿』に記録しておく義務があったのですが、現在残っている献立簿は昭和3年の戦艦・長門の1カ月分の記録だけです。あれだけ大量の艦艇があったのに」

 そのように資料が散逸してしまった中で、情熱によって生まれた『海軍さんの料理帖』。これは、日本海軍の食生活を知ることができる資料本だろうか。いや、もし資料として読むだけだとしたら、とてももったいない。

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