膨大な情熱と調査が生んだ、作りたくなるレシピ46品『海軍さんの料理帖』が誕生するまで
#本
ここまで聞いて、このレシピに間違いがあるはずがないと思った。でも、有馬氏はさらに、精緻なレシピの再現のために情熱を注ぐことをやめなかった。
「SF作家の野尻抱介さんが、比重計を用いた科学的アプローチで間宮羊羹の再現を試みていることに、私はいたく感銘を受けていました。ですので、私の検証内容に野尻さんのアプローチを組み合わせてレシピを組み立て、撮影の時にも実際に来ていただいて、様々なご意見をいただきました」
言葉にして語ればわずか数分。とはいえ、メール1本とか、数冊の本を読むだけで解明できるようなことではない。その情熱に圧倒されながら7~8割と言い切ることができる自信を得るまでに費やした時間を聞いた。
「だいたい2年はかかりましたね。10割といきたいところですが、職人の技術や当時の砂糖の精製度、小豆の品種違いなどで、どうしても違いが出てくるでしょう。そんな不確定要素を加味したのが7~8割という数字です」
間宮羊羹のページのレシピを除いた文字数は、わずかである。そのわずかな文字数のために注がれた時間。さらには取材費も。絶えることのない好奇心と情熱が結実したのが、この本なのだと、改めて考えた。
■はじまりは一冊の献立集から
この本のはじまりは、ひとつの資料との出会いだった。「もともと、食いしん坊ではあるけど」という有馬氏だが、10年ほど前まで海軍料理の知識は、まったく持ち合わせていなかった。
「海軍の料理といえば、水が少ないし制約があるのではないか、という程度に思っていました」
けれども偶然、「第一艦隊で料理コンテストが開催されたことがある」と聞いたことが、意識をガラリと変えるきっかけになった。そのコンテストを記録した『第一艦隊献立調理特別努力週間献立集』。何かの話のタネになるかも知れないと、有馬氏は資料を所蔵する舞鶴の海上自衛隊第四術科学校に問い合わせた。
「快くコピーしていただいたのですが、驚きました。なんていうのか、海の上の料理がこんなに幅広く、艦によっても違いがある。そこで興味を持って調べていったら、年代ごとに料理の内容も少しずつ変わっていく……そんなことがわかって、現在に続くという感じです」
今回の本では、明治時代から3章構成で、年代ごとに海軍料理を紹介していく。洋食が積極的に取り入れられた明治時代にはじまり、時代を追うごとに料理はバリエーションを増していく。明治期の日本風にアレンジしつつも積極的に洋食を取り入れようとしていた時代のレシピ。そこから、様々な食材を取り入れてアレンジしたレシピが考案されていく広がりは、目を瞠る。
「日本の食文化の変化を反映しているが、そのときの料理の最新のモードも導入している。当時の海軍は、世界の文物にいちばん早く触れることができる組織だった。なので、日本の食文化の中でも、もっとも最新のモードを導入していたのだと思います」
そうした最新モードを取り入れていくことが奨励される空気があったのだろうか。『第一艦隊献立調理特別努力週間献立集』で、もっとも絶賛されたのは戦艦・伊勢の「ホワイトシチュー素麺」だったという。あさりを具材に使ったホワイトシチューに、素麺をつけ麺のようにして食べる料理である。
「よく考えたらスープスパゲッティ。当時の人の味に対する考え方が柔軟だったのがわかります。当時の人は、味噌汁にカレー粉を入れたりしてますからね」
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