なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た
#書店 #昼間たかし
単にサロンとしてなら本屋でもよい。けれども、それでは本屋としてはまったく儲からない。そこで考えたのが喫茶スペースというわけである。
けれど、確かに本屋としての収益を考えつつも、そこから生まれる出会いに、ただならぬ期待を寄せているように見えた。
「やっぱり、みなさんTwitterなどを使うだけでは満足できなくて、現実での出会いを求めているでしょうか」
そう問うと、渡辺は少し考えてから答えた。
「文章で自分の想いをまとめるというのは難しいじゃないですか。まして、140字でできるのかな? と思います。でも、会話だったら、多少曖昧な言葉でも意思疎通ができますよね。やっぱり、コミュニケーションの場が必要だと思うんですよ」
それを聞いて、こう思った。
この物静かなで丁寧な好人物は、自分が面白い、興味深いと思うものに他人が共感してくれることの楽しさを知っているのだろう。そして、それをもっと大勢の人に知ってほしいと思っているのだと。
■旅の中で見える。目には映らない風景
そんな「予断」が確信に近づいたのは、これまでの遊郭探訪について、あれこれと尋ねていた時のことであった。
渡辺が、遊郭をテーマに旅を始めたのは2011年頃からであった。
「毎回、質問は受けるのですけれど、何か衝撃的な理由があるわけではありません。ましてや、自分の親が経営をしていた、みたいな原体験もまったくないんです。ただ、ぼんやり旅行している時に、脇道にそれてみて、面白い空間があると赤線、遊郭だった……」
むしろ、渡辺の原動力となったのは、人生という川の中で感じた流れの変化だった。
「その頃、自分の中に何か趣味をつくってみたいなと思っていました。僕の中では30歳を過ぎて、なかなか趣味をつくるのは難しくなってくるんじゃないかという思いがあったのです。それで、どんな趣味でも10年くらいやれば、何か功績というか残せるかなと思って始めたのです」
旅の話になって、ぐっとインタビューする側とされる側の距離が近づいた感じになった。渡辺の旅のスタイルと私のそれとの間に、似た部分をあちこちで感じたからである。
「旅の時に、旅行のテーマというか、目的をきっちりと決めたりしていないですよね、きっと」
「そうですね、けっこうぼんやりと決めてます」
「サラリーマンの時は、休みの時は必ず旅をしていたのでは」
「ええ、暦通りに休みなので、18きっぷを使いながら旅をしていました。18きっぷ好きの人はみんな持っている気分だと思うのですが、ダラダラ旅をするのがよいのです」
「特に観光地をめぐったりもしないでしょう」
「そうですね、最初は観光地を見ていても、すぐに飽きるじゃないですか。僕が好きなのは、その昔は、賑わっていたんだろうなという駅前。例えば、潰れたパチンコ屋を見ていても面白いんです」
そんな感覚を渡辺は、近年はみんなにわかってもらえるオーソドックスな趣味になったと言う。確かにその感覚はある。郊外にできたショッピングモールに人がごっそりと移動してしまい、休日でも人気のない駅前の商店街。東京オリンピックの頃にオープンして、店主と共に歳を重ねてきたような店。単に「昔はよかった」と懐かしむノスタルジーとは違う感覚。
その光景に、自分の過去と未来とを重ねた時に得られる感情。ポルトガルの人々が表現するところのサウダーデ。青春18きっぷで旅する時、窓から眺める移ろいゆく風景と、物言わぬ土地の調べの中で、ふと心をよぎる内省。そんな感覚を渡辺は興味深く思っているのだな、と思った。
だから、渡辺は数多くの遊郭を回りながらも「ベスト」を語ったりはしない。
「自分の中で思いが残るところは、華やかな建築が残っていたりするところとかではないんです。だから<おすすめの遊郭跡>といわれると困るんです」
これまでも、遊郭や赤線跡をめぐる人は幾人かいた。私の知人の物書きの中にも、そうした本を出版している人もいる。けれども、渡辺の感覚は、そうした先達たちのものとは違っていた。興味を持って以来、あと10年もすれば、現存している建物もなくなってしまうだろうと思い「これはうかうかしていられないと回っていた」と、渡辺は語る。
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