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日刊サイゾー トップ > カルチャー  > 「カストリ書房」に見る郷愁

なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た

 別にキシナウに限ったことではない。趣味嗜好や思想、セックスのやり方から、物の見方や考え方まで、人は常に共感することのできる相手を求めている。そして、そんな相手に出会えるのは天の采配。わずかな幸運が振り向いた時でしかない。インターネットの発達は、孤独な魂を「自分は一人だけではない」と慰める機会を増やしてはくれた。けれども、それで人は満足することなどできない。

 誰もが当たり前のようにSNSを使いこなすようになったとしても、現実を超えることはできない。目の前にいる人の顔を見て、表情の変化や、体温や、香りや、そのほか様々なことを感じながら、話をする時の楽しさや緊張感はスマホの画面に表示された文字の羅列では、決して代替することはできない。そんな距離感で人と話すことは、とても疲れることではあるけれども、そうでなければ得られないものがある。私は、日々の取材の中で、そう思っている。

■お客様同士が交流が生まれる場として

「お客様と私っていう関係だけじゃなくて、お客様同士の交流が生まれる場が欲しいと思ったんです」

 以前よりもずっと広くなったカストリ書房の店内で、店を切り盛りするカストリ出版の代表・渡辺豪は話を始めた。

なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見たの画像2

 これまでの取材記事の中で、渡辺の顔かたちは見ていたけれども、いったいどんな人物なのだろうかと、様々な想像が浮かんでいた。膨大な知識をとめどもなく話し続ける人物か。あるいは、いま出版している本を除いては、内に秘めた熱いものを表現する手段を知らない、口数の少ないストイックな人物なのか……。

 そのどちらでもなかった。

 最初に取材の依頼をメールした時、返信の中で渡辺は「弊店でお役に立つようであればお受けしたいと思います」と認めていた。この人物の立ち振る舞いは、その一文のままであった。決して自分のやっている仕事を、ほかの人が目をつけなかった素晴らしい仕事であると誇ることもない。だからといって、媚びるようなところもない。

 最初、店に入って挨拶したときに渡辺は「どこに座ってもらいましょうか……」と、一瞬迷った。私が「そこで大丈夫です」と、土間の上がり口のところを指さすと、さっと突っ掛けをどけて、座布団を動かした。ただ、それだけのことなのに、私はすごく丁寧にしてもらっている印象を受けた。

 インタビューの中で、まず聞きたかったのは、今回引っ越した店舗で始めた喫茶ルームの試みであった。渡辺が訪問した土地で集めたという貴重な資料を、コーヒーを飲みながら読むことができるという空間。そこには、単なる「交流目的」では表現できないものがあるように思えた。

 新しくなった店舗は、もとは皮製品の加工場だった建物だという。

 引き戸を開けると広めの土間と部屋。二つある部屋の左の方には、販売している本が積まれている。そして、右の部屋には、昭和レトロな喫茶店にあるようなソファと資料の積まれた棚がある。

「今、資料はどれくらい数があるんでしょう」

「カウントしていないからわからない。ざっくりなんですけど、700~800はあると思うんです」

 まだ引っ越しして間もないこともあるが、資料は、私が見た感じでは無造作に積まれているようだった。乱雑ではなく無造作である。その飾らない感じが、なんともいえない心地よい懐かしさを放っていた。そんなことを感じるのは、今の自分が生きている街が、何かとゴミ一つ落ちてない、きれいだけどもせせこましい街だからではないかと思った。

 そんな喫茶スペースは、あくまでスペースである。居心地はよいけれども、決して広くはない。小柄な人であっても4、5人も入ればいっぱいになってしまうだろう。でも、以前の二坪しかなかった時よりも、ぐんと店が広くなったことで、今後はイベントの開催も考えていると、渡辺は言う。「あんこが出る」ような、ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた空間を想像する。それを、渡辺はあえて考えているのかと、後で思った。

 それは、インタビューの中で渡辺が、このスペースを作った理由を、こう語っていたからだ。

「前の店舗をやってみて、店主の私のような人間と、まあ一通り遊郭の話をして、すごく楽しかったですという感想をもらうことがすごく多いのですよね。やっぱり、身の回りに話せる、共感できる人がいなかったので、話し相手が欲しかったのでしょう。本屋という看板を掲げているんだろうけど、サロン的な意味合いもあると思ったのです。店に来て、私と話すだけではなく、たまたま来たお客さん同士で話が弾むこともありました。だから、お客様同士の交流が生まれる場が欲しいと思ったのです」

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