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日刊サイゾー トップ > カルチャー  > 「カストリ書房」に見る郷愁

なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た

なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見たの画像1

 次々と風景を変えていく現代の東京で、よくも、こんな建物が残っていたものだと驚いた。

「カストリ書房が引っ越したそうですよ」

 知人からそんな話を聞いて、ようやく取材に出向く機会が巡ってきたと思った。

 昨年9月にオープンしたカストリ書房は、各所で話題になっていた。遊郭や赤線、歓楽街などのジャンルを専門に扱う「カストリ出版」が手がけるこの店舗は、すでに多くのメディアによって紹介されている。高尚な物言いをすれば、崇高な性の営み。とはいえ「売春」という公序良俗に相反する猥雑な、体制の埒外にあるものをお堅い新聞や雑誌も盛んに取り上げている。しかも、客の多くを女性たちが占めているという。それも、中には女子中学生もいるというのは、以前に新聞の記事で読んだ。

 それは単なるサブカルチャーの1ジャンルなのだろうか。あるいは、喪われゆく風景への郷愁なのか。これまで目を通した多くの記事は、その疑問への解答を見つけようとしていた。

 正直なところ、事前にカストリ書房を取り上げている記事のほとんどには目を通したのだが、その答えは出なかった。取材を終えて、この文章を認めている今も、その答えは出ていない。

 でも、それは当然のことだ。

 ルポルタージュに限らず、人間の興味や共感というものは、なべて「主観」から始まるものだ。だから、人それぞれが感じることに普遍的な解答を出すことなど、おいそれとはできない。

 先日、今はテレビ局の報道畑でキャリアを積んでいるS氏と、月島の大衆居酒屋で久々に近況を語り合った。まだ30歳にもなったかならないかという年齢にもかかわらず、北朝鮮やオウム真理教。はるか昔の政治の季節へと興味を向け、私的な時間を削ってでもドキュメンタリーを創り出そうとしている彼は、サラリーマン生活が当たり前の社内においては、明らかな異端。自分の問題意識に心の響かない同僚たちと話を合わせながら、限られた報道の時間で、なんとか自分の主張を照射した映像を挿入しようという日々。そんな生活の中、ハリネズミのようになった心を慰め、互いに次の作品を生み出す原動力を得るために共感しあう会合は、細く長く続いている。そんな人物との久々の語らいの半ばで、こんな会話をした。

「一度、キシナウというところにいってみたいものだ」

「キシナウってどこですか?」

「モルドバの首都だよ」

「何があるんですか?」

「それが、何もないらしいんだ」

 モルドバは1991年に独立した新しい国である。元はルーマニアの一部だったが、第2次世界大戦後にソ連領となり、ソ連崩壊後に独立国となった。結果的に独立せざるを得なくなっただけで、訪れた旅行者も、あるのは小さな都市と田園風景だけと語る。そんな中でもなんとかやっているという魅力を語ると、S氏はすぐに共感してくれた。

「そりゃあ、一度いきましょうよ」

 同意したS氏は「でもね」と呟いた。

「ここの店で、今飲んでる人で一人もキシナウがなにかわかりませんよ、きっと」

「そんなものかな」

「そんなものですよ」

 私は、少し離れた席に座ってる華やかな女性たちのグループのほうをみた。

「じゃあさ、あの女の子たちに<キシナウ知ってる?>と聞いたとして。<あ、モルドバですよね>と答えたらどうする?」

 酔いが回っていたのか、少し寝そべるようなだらしない姿になっていたS氏は、ハッと起き上がって、力強く答えた。

「そんなの、すぐに結婚したほうがいいですよ!!」

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