シュワルツェネッガーの鋼の筋肉が役に立たない!航空事故が生んだ哀しい復讐鬼『アフターマス』
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航空機事故の余波は、被害者遺族だけでなく、事故を招いた管制官のジェイク、そしてジェイクの家族をも呑み込んでしまう。業務上の過失ということで刑務所送りは免れたジェイクだが、会社は自主退職するように勧告してきた。自宅に戻れば、マスコミに追われ、「人殺し!」という中傷の言葉や落書きが待っている。心神喪失状態に陥るジェイク。精神カウンセラーは「何か楽しいことを考えて」というが、楽しいことが何ひとつ思い浮かばない。それまで、ずっと夫を支えてきた妻クリスティーナ(マギー・グレイス)だが、ひとり息子の身の安全を考えて、別居することを提案する。仕事を失い、家を棄て、家族にも去られ、ジェイクは遠く離れた街で、名前を変えて別人として人生をやり直すことになる。
ユーバーリンゲンの上空で、出会ってはならない2機の航空機が衝突した。管制官だったジェイクと家族を失ったローマンも、あまりにも悲しい邂逅を果たすことになる。知らない街で新しい人生を歩もうとするジェイクだが、家族を亡くした喪失感から立ち直れずにいるローマンには、そのことが許せない。航空機事故のその後を追う女性ジャーナリストに、「誰もちゃんと謝ってくれなかった。俺の目を見て、ただ謝ってほしいだけなんだ」と訴えるローマン。事故を引き起こした管制官に一度会いたいという、心身ともにズタボロ状態のローマンの願いを、ジャーナリストは拒絶することができなかった。そして、ユーバーリンゲン事故から2年後、72番目の犠牲者が生じることになる。
ユーバーリンゲン事故の責任は、管制官の2人体制を敷き、トイレや食事休憩中は管制室がワンオペレーションになることを知りながら黙認していた航空会社側にあった。また、TCASが警告を発した場合、管制官とTCASのどちらの指示に従うべきかも事故当時は決まっていなかった。万全を期すべき航空システム上の不備が招いた、取り返しのつかない事故だった。520名の犠牲者を出した「日本航空123便墜落事故」を描いた『沈まぬ太陽』(09)では、合理化を進める航空会社が整備時間も削るようになっていたことを指摘していた。逆にクリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』(16)では、ベテラン機長の機転と決断によって乗客150名の命が救われた。社会を回していくシステムが順調に機能することによって我々は平和な日常生活を享受しているが、そのシステムにちょっとしたバグが生じることで不幸のどん底にも簡単に墜ちることになる。
どうやら我々は、天国と地獄とのボーダーである薄っぺらな皮膜の上で暮らしているようだ。事故後は別人として懸命に生きようとしたジェイクも、家族を失って生き地獄を味わい続けるローマンも、我々から決して遠い存在ではない。
(文=長野辰次)
『アフターマス』
製作総指揮/ダーレン・アロノフスキー、アーノルド・シュワルツェネッガー
監督/エリオット・レスター 脚本/ハビエル・グヨン
出演/アーノルド・シュワルツェネッガー、スクート・マクネイリー、マギー・グレイス、グレン・モーシャワー、マーティン・ドノヴァン、ハンナ・ウェア
配給/ファインフィルムズ PG12 9月16日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
(C)2016 GEORGIA FILM FUND 43, LLC
http://www.finefilms.co.jp/aftermath
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