是枝監督の新作さえも侵蝕する黒沢清ワールド! 長澤まさみが観音菩薩化する『散歩する侵略者』
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「僕は宇宙人なんだ」と説明する真ちゃん。夫の体の中に不定形な宇宙人が入り込み、意識をコントロールしているらしい。バカバカしい冗談だと思って鳴海は信じようとしないが、真ちゃんは次々と奇妙な振る舞いをする。最初の犠牲者は鳴海の妹・明日美(前田敦子)だった。一般常識が欠落した義兄である真ちゃんに、明日美は「家族」という概念を教えようとするが、真ちゃんが「その概念、もらった」と人差し指をかざした瞬間に、明日美から「家族」という概念が奪われてしまう。家族という概念を失い、ひと粒の涙を流す明日美。その後も真ちゃんは、散歩中に出会った人たちから概念を奪い続ける。一連の騒ぎに戸惑う鳴海だが、真ちゃんは鳴海からは概念を奪おうとはしなかった。真ちゃんいわく「鳴海は僕の大切なナビゲーターだから」危害を加えるようなことはしないとのこと。かつては愛した夫の姿をした謎の存在から信頼されていることに、鳴海は不思議な安堵感を覚える。破綻していた夫婦関係がリセットされ、喜びを感じる鳴海。相当におかしな夫婦ドラマである。
地球を狙う宇宙人たちが、人間から概念を奪うというアイデアがユニークだ。また、口数が少なく、何を考えているのか分からない真ちゃん役に松田龍平がよく似合う。ほとんどの人は概念をひとつでも奪われると、日常生活に支障をきたすようになるが、逆にハッピーになる人もいる。ずっと自宅に篭りっきりだったニートの若者(満島真之介)は、散歩中の真ちゃんから「所有」という概念を抜き取られたことで、明るい開放的な性格に生まれ変わる。もうひとり、根っからおめでたい人もいる。教会の若い牧師(東出昌大)は真ちゃんに頼まれ、「愛」の概念を懸命に教えようとするが、真ちゃんはこれを奪うことができない。どうも、この牧師が頭の中で思い描いている「愛」は本質的なものとはズレているらしい。ルポライターの桜井(長谷川博己)と彼をナビゲーターに選んだ宇宙人・天野(高杉真宙)たちの侵略計画も同時進行し、世界は破滅へと確実に向かっているのに、ところどころでコメディ要素が散りばめられ、事態はまるで予測できない局面へと転がっていく。
浮気していた夫がようやく自分のところに戻ってきて、これで平穏な家庭を築けると思っていたら、人類はどうやらもうすぐ滅亡するらしい。鳴海の人生はままならない。「まいっちゃうなぁ」と八の字眉で呟く長澤まさみがひどく切なく、とても愛しく思えてくる。人々からいろんな概念を奪って、すっかり人間らしくなった真ちゃんは、すまなそうな表情ができるようになっていた。人類最期の日を2人で過ごすべく、ラブホテルに真ちゃんと入った鳴海は、ある真実に辿り着く。それまで世間的なわかりやすい愛を追い求めてきた鳴海だったが、本当の愛は求めるものではなく、与えるものだということに気づく。このときの長澤まさみは、まさに母性の塊、生きた菩薩さまのようだ。
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