自分ファースト、利益至上主義、弱者切り捨て! 現代社会の縮図が走るゾンビ超特急『新感染』
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映画には深読みする楽しみがある。観客は自分が観た映画を好きなように解釈する自由が認められている。時には監督が意図した以上の“神解釈”が発見されることもある。今年7月16日に亡くなったジョージ・A・ロメロ監督のブレイク作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)は、その代表例だろう。墓場から甦ったゾンビが増殖しながら人間を襲うこの低予算ホラー映画を、観客たちは泥沼化していくベトナム戦争、核兵器への恐怖、激化する公民権運動といった1960年代の米国の世相と重ね合わせて楽しんだ。そのことに気づいたロメロ監督は、さらに社会批評性を高めた『ゾンビ』(78)を大ヒットさせる。いろんな深読みができるゾンビ映画というジャンルをロメロ監督が開発したお陰で、ゾンビたちはその時代、その国によって異なる様々なメタファーとして広まっていった。そして、その最新モデルとなるのが韓国で1,100万人以上を動員したメガヒット作『新感染 ファイナル・エクスプレス』(英題『Train to Busan』)である。
『新感染』の舞台となるのは、韓国の首都ソウルから湾岸都市プサンまでを2時間40分で繋ぐ高速鉄道KTX(Korea Train eXpress)。時速300kmの猛スピードで走るKTXの車両の中に1人のゾンビウィルス感染者が紛れ込んだことから、列車内はノンストップで阿鼻叫喚地獄へと化していく。怖いのはゾンビウィルスだけではない。自分さえ生き残れればいいという利己主義が列車内にはびこり、ゾンビ以上に人間が恐ろしいことを生存者たちは思い知る。
本作の主人公を演じたコン・ユは、障害児への性的虐待事件を題材にした実録サスペンス『トガニ 幼き瞳の告発』(11)の善良な美術教師役で人気を博した二枚目男優。本作では常に自社の収益だけを考えているファンドマネージャーのソグという役どころ。高級スーツを着て、颯爽としているソグだが、仕事人間のソグを嫌う妻とは離婚調停中だった。そんなソグにとって、ひとり娘のスアン(キム・スアン)だけが大事な存在。父親らしいことができずにいる罪ほろぼしとして、プサンで離れて暮らす妻のもとにスアンを連れていくことに。朝一番のKTXに乗るソグとスアン親子。列車内でスアンがお年寄りに座る場所を譲ろうとすると、「そんなことしなくていい。自分のことだけ考えろ」と説教するほどソグは度量が狭い。そんな親子が遭遇することになるのが、列車内で起きたゾンビパニック。後方車両から津波のように押し寄せてくるゾンビの大群から、ソグは愛娘スアンを、ヤクザ風の中年男サンファ(マ・ドンソク)は妊娠中の妻ソンギョン(チョン・ユミ)を、身を呈して守ることになる。
本作を撮ったヨン・サンホ監督はアニメーション監督としてこれまでキャリアを積み、今回が実写映画デビュー作となる。もともとは長編アニメ『ソウル・ステーション/パンデミック』(日本では9月30日公開)のスピンオフ企画として本作を撮ったわけだが、初めての実写映画ながら生身の俳優たちからエモーショナルな演技を巧みに引き出し、列車内&駅構内限定のゾンビパニックものにすることでサスペンス要素を盛り上げつつ、予算が膨れ上がることを防いでいる。相当にクレバーな監督だ。
ゾンビ映画はもうパターンが出尽くしたでしょという人でも、最高にアドレナリンがたぎる超破天荒シーンが中盤で待っている。テジョン駅で一度下車して、韓国軍の救援を待っていたソグやサンファたちだったが、すでにテジョン駅はゾンビだらけ。屋根からもゾンビが降ってくる。命からがら運行を再開したKTXに飛び乗ったソグたちだが、その途中で娘や嫁とはぐれてしまった。別車両のトイレの中に逃げ込んだ娘と嫁を救出するために、犬猿の仲だったソグとサンファは協力して、ゾンビぎっしり状態のゾンビ車両を突っ切ることに。一度でもゾンビに噛まれれば、ウィルスに即感染してしまう。それまで損得勘定でしか動かなかったソグだが、先頭で体を張るサンファを懸命にアシストするしかない。娘や妻への絶対愛が、男たちをこの絶対不可能なミッションへと向かわせる。血湧き肉躍る大バトル&ロマンスシーンの誕生だ。
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