クリエイターにとっての作家性と変態性は同義語!? P・バーホーベン監督が本領発揮『エル ELLE』
#映画 #パンドラ映画館
ミッシェルは犯人の目ぼしをつけようとするも、ミッシェルの目にはすべての男が怪しく思えて仕方がない。ゲーム会社では新作ゲームを製作中のスタッフに徹底的にダメ出しをして、嫌われまくっている。やがて、ミッシェルの会社のパソコンがハッキングされる騒ぎが起きる。親しい人間にしか打ち明けていないレイプ事件のことを、このハッカーは知っているようだ。ミッシェルは自分への絶対忠誠を誓う社員に命じて、社員のパソコンの中身を極秘にチェックさせる。一方、ミッシェルの母親(ジュディット・マーレ)は若い恋人と再婚したいと言い出す。「再婚なんてしたら、殺すわよ」と実の母親を脅すミッシェル。母親の恋人から恨まれている可能性も高い。ミッシェルの別れた夫リシャール(シャルル・ベルリング)は、今も売れない小説家のまま。元夫から逆恨みされているかもしれない。さらには犯人が男とは限らない。ミッシェルと過去に諍いのあった女性が、レイプ犯を差し向けたことも考えられる。女がひとりでバリバリと社会でのし上がっていけば、恨みを買う相手は1人や2人では到底済まない。
ミッシェルのレイプ犯さがしのミステリーとして物語が進んでいくが、途中からどうも様相が変わっていく。性的暴行を受けたミッシェルだが、彼女は同情を求める哀れな被害者ではなく、常に我が道を進むタフな女だ。むしろ、彼女の周囲にいる男たちはエネルギッシュな彼女に振り回され、どんどん人生を狂わせていくことになる。息子のヴァンサン(ジョナ・ブロケ)もそのひとり。母ミッシェルへの依存度が高く、つい最近まで自宅でニート生活を送っていた。恋人のジョジー(アリス・イザーズ)が身籠ったため、家を出て働き始めたが、就職先はファストフード店。まともな父親になれるのか、ミッシェルならずとも心配だ。またミッシェルは会社の共同経営者であり、長年の親友であるアンナ(アンヌ・コンシニ)の夫との火遊びもこっそり楽しんでいる。当然、アンナの家庭も平穏無事では済まない。ミッシェルが放つ強力な磁場のせいで、彼女と関係を持った男たちはことごとくダメ人間となっていく。レイプ犯さがしのはずが、ミッシェルという女の業(カルマ)の深さをあぶり出してく愛欲のドラマへと入れ替わっていく。
レイプ犯を見つけることができずにいるミッシェルをあざ笑うかのように、再び目出し帽の男がミッシェル宅に現われる。同時進行でミッシェルが警察を呼びたがらない過去の秘密も明かされていく。深い深い業が、ミッシェルというひとりの女性をどうしようもなく突き動かし、そんな彼女に巻き込まれるように、男たちは快楽か身の破滅かのギリギリの瀬戸際に追いやられる危険なゲームに身を投じることになる。
“芸術大国”フランスは、大人の変態映画にはとても寛容だ。大島渚監督の『愛のコリーダ』(76)はフランスからの出資がなければ完成しなかっただろうし、今回の『エル』もフランス映画として製作したことでバーホーベン監督は久々に本領を発揮することができた。ハリウッドが中国市場向けにCG映画に力を注ぎ、日本映画がベストセラーコミックの実写化に血眼になっている中、生きた人間の肉体性にこだわるフランス映画の存在感は、これから大いに増していくに違いない。性愛をディープに描こうとすれば変態プレイに行き着くのは、フランス映画なら当然だろう。
本作のクライマックス、ミッシェルはようやく身に覚えのあるチンコに再会する。レイプ犯の正体を知るミッシェル。それと同時に、ミッシェルの会社で製作を進めていた新作ゲームもついに完成する。ゲーム会社を舞台にした本作は、多重構造のドラマ、一種のメタフィクションにもなっている。78歳(撮影時)になるバーホーベン監督は、自分の中の変態性と強い女性への猛烈な憧れを巧みにドラマ化してみせた。作家性をとことん掘り下げていく行為は、自分の中に潜む変態性もトラウマも、ありのままに肯定するということに他ならない。
(文=長野辰次)
『エル ELLE』
原作/フィリップ・ディジャン 監督/ポール・バーホーベン
出演/イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ、シャルル・ベルリング、ヴィルジニー・エフィラ、ジョナ・ブロケ
配給/ギャガ PG12 8月25日(金)よりロードショー
http://gaga.ne.jp/elle
(C)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINEMA – ENTRE CHIEN ET LOUP
『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事