切実な居場所さがし『ハイジ アルプスの物語』『幼な子われらに生まれ』に見る不定形な家族像
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ハイジの成長談である本作を語る上で重要な存在となるのは、隣国ドイツの大都市フランクフルトで暮らす深窓の令嬢クララ(イザベル・オットマン)だ。大豪邸で暮らしている金髪の美少女クララだが、アルプスで野生児のように育つハイジと違って、足が不自由なために外出することができずにいる。母親を幼い頃に亡くし、貿易商である父親ゼーゼマン(マキシム・メーメット)は仕事が忙しく、ほんとんど家にはいない。かつてのハイジと同じようにクララも孤独な生活を送っていた。そんなクララのために、ゼーゼマン家に奉公したことのあるデーテは遊び相手としてハイジを連れてくる。独身のキャリアウーマンであるデーテとしては、山小屋生活をこのまま続ければハイジは読み書きを覚える機会を失ってしまうという彼女なりの配慮だった。だが、アルプスの自然にすっかり溶け込んでいたハイジには、大都会での暮らしは息苦しいものだった。クララとの友情は育むものの、やがてストレスから夢遊病となってしまう。医者の勧めもあってハイジは山へ帰ることを許されるが、このとき優等生キャラのクラクが長年溜め込んでいた感情を大爆発させる。
「なんでハイジだけ願いが叶うの? 私だって病気なのに!」
ずっと一緒にいようねと約束を交わした親友ハイジだけが幸せになることが、クララには許せない。教育係のロッテンマイヤー(カタリーナ・シュットラー)に監視された屋敷の中の生活しか知らないクララには、広い外の世界を知っているハイジが羨ましくて仕方なかった。富裕層の子どもとして生まれたクララと下流層に属するハイジという階級の異なる女の子同士の友情と確執が、本作に深い陰影を与えている。また、クララとハイジとのひと筋縄ではないガーリーな関係に、田舎育ちの純朴な少年ペーター(クイリン・アグリッピ)も振り回されることになる。
原作者ヨハンナ・シュピリが原作小説『ハイジの修業時代と遍歴時代』『ハイジは習ったことを使うことができる』を発表したのは1880年、1881年。スイスの自然豊かな山村で明るく育ったヨハンナだったが、結婚してからは夫に付き添っての社交界での人間関係になじめずに重い鬱を患い、また長男を出産した際のマタニティーブルーと重なり、田舎での療養生活を送っている。都会での生活に疲れたハイジが心を病んでいくエピソードには、原作者自身の実体験が投影されている。車椅子生活を送るクララ、目の不自由なペーターの祖母など障害を抱えた人物が多いのもこの物語の特徴だろう。ネグレクト、独居老人、就学問題、格差社会、メンタルヘルスなど、現代に通じる実に多くのテーマが内包されている。
重松清原作、浅野忠信主演『幼な子われらに生まれ』もまた、居場所さがしの物語となっている。商社に勤める信(浅野忠信)と奈苗(田中麗奈)はバツイチ同士で再婚し、奈苗の連れ子である薫(南沙良)と恵理子(新井美羽)との4人で平穏に暮らしていた。ところが、奈苗が妊娠したことが分かり、家族の風景が一変する。生まれてくるのは信と奈苗の間にできた初めての子だが、娘たちが落ち着きを失っていく。特に小学校高学年の薫は、ことあるごとに信に噛み付くか無視するようになる。信にとって血の繋がった子どもが生まれてくることで、血の繋がらない自分たちの座るイスは失われるに違いないと恐れているのだ。
商社をリストラされ、出向先の倉庫で働き始めた信がそれでも文句を言わずに頑張っているのは、すべて家族を養うため。信はいい父親になろうとベストを尽くしてきた。それなのに家に帰ってくれば、薫が挑発するように信のことを睨みつけ、不満を妹の恵理子にぶつけ、家の中はギスギスしまくっている。奈苗は生まれてくる子どものことで精一杯で、細かいことにまで気が回らない。信は自宅にいながら、自分の居場所はここではないように思え、次第に不穏な表情を浮かべるようになっていく。『アカルイミライ』(03)や『ヴィヨンの妻』(09)で二面性のある演技を見せた浅野だけに、表情がどんどん虚ろになっていく様子は『シャイニング』(80)のジャック・ニコルソンのようでとても怖い。
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