3,000体近くの解剖経験を持つ法医学者・西尾元が明かす、知られざる「法医解剖」の世界
#本 #インタビュー
“遺体の解剖”と聞いてまず思い浮かべるのは、刑事ドラマなどで頻繁に耳にする「司法解剖」だろう。被害者の遺体から捜査の方向性を一変させるような証拠や痕跡が見つかることもあり、犯人を追い詰めるための重要な役割を果たしている。
しかし、実際にその司法解剖を行う「法医解剖医」の素顔を、私たちは知らない。そもそも司法解剖は本来、警察からの依頼によって行われているものであり、その現場の様子が外に漏れることは許されないのだ。今年3月に刊行された『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)では、そんな法医解剖医の日常が現役医師である西尾元氏によって描かれている。
20年以上にわたって「異状死」と向き合ってきた法医解剖医は、“悲しい死”を迎えた無数の遺体たちを通して何を見てきたのか。そして、いずれ訪れる自らの死を、どう考えているのか──。
■赤色の服を着ていた少女の刺殺遺体 解剖という仕事
──先生の著書には、壮絶な亡くなり方をしたさまざまな遺体の例が描かれています。これまで最も心を痛めた遺体について、教えてください。
西尾元先生(以下、西尾) 「事件の死体」の章にある「悲しみの赤」にも書いた解剖例は、やはりとてもつらいものでした。運ばれてきたのは、刃物で刺されて亡くなった少女の遺体です。解剖台の上に横たわる少女を見て、はじめは赤色の服を着ているのだと思ったんです。ところが、実際には、血液で真っ赤に染まってしまった下着だった。解剖の現場で、驚くような出来事はあんまりないんです。しかし、あの時の衝撃は今でも忘れられません。
──ほかに、先生が驚いた出来事にはどんな例があるのでしょうか?
西尾 驚いた例と言えるかどうかわかりませんが、解剖した遺体に予想外のことが起きていて解剖した時にそれがわかることがあります。お腹の表面を見る限りはなんともない。ところが、いざ開腹してみると肝臓が破裂していたんです。例えば交通事故の場合、車にぶつかって肝臓が破裂しても、お腹の表面には傷が残らないことがある。しかし、開けてみたら「バン」と割れていて、お腹の中で出血し、大量の血がたまっていたりすることもあるのです。
──解剖してはじめて、本当の状況がわかるんですね。そもそも法医解剖って、どのような流れで行われているのでしょうか?
西尾 亡くなった際に病死と明言できない場合、その遺体は「異状死体」として扱われ、警察がすべて把握することになっています。検視の結果、「これは解剖したほうがいい」と警察が判断した遺体については、大学の法医学教室に連絡するわけです。
僕たちはその連絡を受けて、解剖の日程を決めます。当日、警察が我々のもとに遺体を運び入れ、解剖を行います。所要時間はだいたい2時間程度。脳から腸まで、すべての臓器を取り出して状態を確認し、元に戻すまでの時間です。薬物をはじめ、検査が必要な場合は、その後、各機関で行われる流れです。遺体は解剖後に遺族に戻され、僕たちは依頼元である警察に報告書を書いて終了です。
──ドラマのように、現場検証に立ち会って捜査に協力したりすることはないんですか?
西尾 それはありません。そもそも、犯罪が絡んだ遺体というのは実はそれほど多くはなく、“犯罪性はないけれど死因がわからない”という遺体のほうが圧倒的に多いんですよ。最近では、解剖する遺体のほぼ半数が独居者となっており、こうした方々は、発見されるまでに時間がかかりますし、亡くなった時の状況がわからない。つまり、異状死に落ち入りやすい人が増えているんです。
──本書にも書かれていましたが、解剖しても死因が特定できないことも多いとか。
西尾 そうですね。特に夏場は、1週間もすれば全身の腐敗が進んで死因を特定することが難しくなってしまいます。ただ、そういった場合は、無理に死因を決める必要はないのです。僕らが一番嫌うのは、死体検案書に間違いを書くこと。正しいことを書くことは当然のことですが、間違ったことを書いてしまうのは一番ダメだと思うんです。何らかの疑いがある時は、「疑い」であることを明記しますし、死因が決められなければ「不詳」と書きます。解剖結果の報告書には死因だけでなく、「この部分の判断が難しい」「こういう可能性もある」といったことを正直に書けばいい。僕らの判断が、誰かの人生を大きく変えてしまう可能性もあるんですから。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事