嵐・相葉雅紀『貴族探偵』初の“前後編”で不安も……? 「よくできた謎解き」の条件とは何か
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そして第2に、推理が「ここが実はこうだったのだ」と述べたときに、それを素直に「気付かなかった!」と驚けるかどうか。ヒントや伏線もなく、いきなり新情報がブッ込まれれば「わかるわけねーだろ!」となるし、あえて状況説明を曖昧にしていた(と読者が感じていた)付近に真相があれば「わざと説明してなかったじゃねーか卑怯だぞ!」となる。
事件の構造を組み立て、矛盾を潰し、情報の出し入れをコントロールするという極めて理知的でロジカルな作業をしながら、最終的に働きかけるのが「これなら納得できるでしょ」という読者の感覚的な部分だったりするところが、たぶん本格ミステリーと呼ばれるジャンルの面白さなんだと思うんです。麻耶雄嵩さんの小説というのは、その読者の感覚を「ロジカルに納得(=快感)に導く」ことに特化し、そこだけに全精力が注がれているように見える。だから、好みの問題はあれど「謎解きがよくできてる」ことだけは疑いようがないんです。
で、第5話。そうして精緻に組み上げた麻耶さんの「春の声」を、またまたフジテレビは大胆に脚色してきました。原作では3人だった婿候補を1人増やし、そこに忍成修吾というアクの強すぎる(ホメてます)役者を配置して、血を吐かせて生きたままダイイングメッセージを書かせるなど派手な立ち回りをさせた挙句、とりあえず放置している。
孫娘と幼なじみの青年執事を登場させ、現場となった密室への行き来に含みを持たせるとともに、婿候補を殺す動機を抱かせて、重要な容疑者候補に仕立て上げている。彼が左脚を引きずっているのも、カイザー・ソゼ世代である私たちの予断を誘います。
原作では完全な密室だった現場も、内側からチェーンがかかっているが、30センチくらい扉が開く、という少しゆるい密室になっています。
先ほどの例でいうところの「第1の条件」で、これだけの改変が行われている。第6話は、視聴者を「すべての情報を与えられたのに真相がわからない」と思わせる段階から始まります。まず、これを成功させることができるのか。
そして、女探偵が「ここが実はこうだったのだ」「これなら納得できるでしょ」と推理し、その推理に視聴者が納得したうえで、今度は貴族探偵が「それは違う」「ここが実はこうだったのだ」「これなら納得できるでしょ」に至ることになるわけです。そんな難しいこと、本当にできるのか。
別に原作通り作ったって面白いだろうに、こうした複雑なシナリオの改編・拡張を、オリジナルで構築することを、フジテレビの現場の人たちは選んだんです。実に誇り高き創作行為だと思いますよ。もはや、失敗してもいいよ、という気分にさえなってきました。
視聴率もますます下がってますし、なんか『新・週刊フジテレビ批評』(同)で、身内からよくわかんない批判を食らったりしていたみたいですが、そういうのの対応みたいな雑事は、まあプロデューサーとか偉い人に任せておけばいいんじゃないっすかね。面白いドラマを作るという目的の前では、そんなのは塵芥にすぎませんよ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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