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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.422

映画製作を禁じられた国際派監督のトンチ人生!! 車中から見えてくるイランの内情『人生タクシー』

映画製作を禁じられた国際派監督のトンチ人生!! 車中から見えてくるイランの内情『人生タクシー』の画像2「道も知らないし、運転も下手くそ」とパナヒ監督をボロクソにけなすご婦人たち。どの国でもオバサマたちは毒舌だ。

 渋滞気味のテヘラン市内でいろんな客を拾っていくパナヒ監督。ダッシュボードに小型カメラが設置されているが、乗客たちは防犯用カメラだと思い、あまり気にはならないらしい。まず驚くのは、イランのタクシーは乗り合いスタイルだということ。お客がすでに乗っていても、「俺も乗せてくれ」と窓を叩いて乗り込んでくる。車内では名前を知らない者同士が「最近のイランは窃盗事件が増えている。見せしめのために処刑すべきだ」「中国みたいにやたら処刑するのは止めるべきよ」と死刑問題についての熱い論争を始める。麻薬を所持していただけで厳罰が待っているイランは、民族紛争が絶えない中国に次いで死刑執行数が多い国でもある。名前も素性も知らない者同士だから、気にせず本音が飛び交う。パナヒ監督はそんな乗客たちの論争をニコニコと聞きながらハンドルをさばいていく。

 バイク事故に遭った夫婦を乗せて、病院へ搬送するという緊急事態も発生する。夫がこのまま死んだら財産がもらえなくなると、妻は頭から血を流している夫に遺言を残すように促す。紙とペンがないので、スマホに向かって夫は遺言メッセージを残すことに。このとき、カンヌ・ベネチア・ベルリン世界3大映画祭で受賞歴のあるパナヒ監督が自前のスマホで、初対面の男性客の遺言メッセージを撮るはめになる。国際的な巨匠監督が撮る、なんとも贅沢な遺言動画である。その一方、タクシー運転手がパナヒ監督であることに気づく映画マニアも現われる。車内カメラに気づいたこの小柄な男性客は、海賊版のDVDを売り歩いている闇業者。携帯電話に注文があり、頼まれたDVDを先方へと渡しにいく闇ビジネスの真っ最中。届けた先は大学の映画学科に通う学生で、闇業者と一緒に憧れのパナヒ監督がいることにビックリ。パナヒ監督が勧めるDVDを学生が全部レンタルしたことに味をしめた闇業者は、パナヒ監督に「これからも2人でコンビを組んでやっていこう」と持ち掛ける。このときのやりとりから、性描写やバイオレンスシーンの多いハリウッド、日本、韓国など海外の映画はイランでは発禁扱いになっているものの、海賊版で実はかなり普及していることが分かる。車に設置したカメラから、現代イランの内情が次々と浮かび上がってくる。

 中盤からは、いよいよ本編のヒロインが登場する。パナヒ監督のおしゃまな姪っ子のハナちゃんだ。ハナちゃんが通う小学校へパナヒ監督は迎えに行くが、パナヒ監督が遅れてきたこと、しかもタクシーで迎えにきたことにご機嫌ななめ。でも、映画監督であるおじさんのことが大好きな様子が、その表情の端々から伝わってくる。小学校では授業の課題として映画を撮ることになっており、ハナちゃんは映画になりそうな題材を求めてスマホを動画モードにして待ち構えている。タクシーに乗りながら、共に映画のネタを探し回る似た者同士の2人。またこのときのパナヒ監督とハナちゃんの会話から、イランの劇場で上映が許可される優れた映画とは、「女性と男性は触れ合わないこと」「善人は聖人の名前であること」「俗悪なリアリティーは描かないこと」などの決まり事を守った作品であることが分かる。リアリティーを追求するパナヒ監督の作品は、やはりイランの映画館では上映されそうにない。おじさんがダメな分、私が頑張るわと言いたげなハナちゃんの意気込みぶりが何とも愛らしい。

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