北朝鮮版“ゴジラ”は歪んだ映画愛が生み出した!『将軍様、あなたのために映画を撮ります』
#映画 #パンドラ映画館
このドキュメンタリーを観ていると、どこまでが実なのか虚なのかの線引きに悩む。シン・サンオクは良質な映画を次々と作ることで金正日からの信頼を得ることになる。いつ寝首を切られるか分からない独裁者にとって、韓国きっての名監督が自分のために作った新作映画を鑑賞する機会は、数少ない幸福な時間だっただろう。そして、金正日がシン・サンオクとチェ・ウニのことを共に映画を作る仲間と完全に信頼しきった時点で、その機を見逃さずにシン・サンオクはチェ・ウニを連れて亡命することになる。本音で語り合う友人のいない北の将軍にとっては、2人の脱北者を出した以上に、信頼していた映画仲間を失った心の痛手は大きかったに違いない。北朝鮮からの亡命に成功したシン・サンオクとチェ・ウニだが、韓国ではいまだにシン・サンオクは拉致ではなく、自分から北朝鮮に渡ったと勘ぐる向きがある。当時のシン・サンオクは借金など多くの問題を抱え、韓国で映画を撮ることができない状態だったからだ。本作を撮ったロス・アダムスとロバート・カンナンの両監督も、チェ・ウニが北朝鮮の工作員によって拉致されるくだりは詳細に再現しているが、シン・サンオクの北朝鮮入りはあいまいにしている。
民主主義からいちばん遠くにあるのが芸術であり、様々なクリエイターたちのエゴイズムがぶつかり合う総合芸術が映画と呼ばれるものだ。プルガサリは朝鮮に古くから伝わる伝説上の怪物で、その名前には不可死(絶対死なない)という意味がある。クリエイターの持つエゴが大きければ大きいほど、異形の怪物がスクリーンで暴れ回ることになる。韓国で映画を撮れなくなっていたシン・サンオクは、金正日という強力なスポンサーを得たことで映画監督としてのエゴイズムを蘇らせ、精力的に映画づくりに打ち込む。元妻チェ・ウニとの愛情も取り戻すことができた。そうやって完成した映画の数々は、金正日が抱える稚拙で醜悪なエゴも充足させた。シン・サンオクと金正日の映画に対する歪んだ愛情が大怪獣プルガサリを突き動かしている。そして、この大怪獣は決して死ぬことはない。映画という表現形態がこの世に存在する限り、大怪獣は空を切り裂くように咆哮し続けることだろう。
(文=長野辰次)
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』
監督/ロス・アダムス、ロバート・カンナン 出演/チェ・ウニ、シン・サンオク、金正日、元CIA職員ほか
配給/彩プロ 9月24日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
(C)2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute
http://www.shouguneiga.ayapro.ne.jp
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