「いんばいになるか、死をえらぶか、といわれたら、死ぬんだった」“からゆきさん”として体を売った少女たち
#本
娼楼での暮らしは、さらに過酷を極めた。少女を買う男たちは、工事現場の人夫として集められた荒くれ者であり、日本人工夫は、背中一面に刺青を持った粗暴な男が多かった。一方、朝鮮人の中には、日本人に対する恨みを晴らそうという者もいたという。おキミは、朝鮮人の性欲を満たすことには耐えられた。けれども、人間としての尊厳を奪われることには耐えられなかった。朝鮮人の男4~5人に囲まれ、限界まで尿意を耐えさせられた挙げ句、小便を漏らし、笑われた。この記憶が蘇るとき、おキミは朝鮮語で叫び声を上げた。その屈辱は、すでに老いたおキミの心の中で、いまだ癒えぬ傷となっていたのだ。
「いんばいになるか、死をえらぶか、といわれたら、死ぬんだった。うちは知らんだったとよ、売られるということが、どげなことか……」
おキミは、養女の綾に何度もこう語った。
綾と2人きりになった時、おキミは「夜叉のよう」に狂ったという。綾の実母は、おキミと同じ娼楼で体を売っていた。そんな綾に向けて、数々の男にされてきたのと同じような口調で、おキミは綾が淫売の血を引いていることを口汚く罵った。綾は、森崎に向かって「売られた女とは一代のことではない」「身を売るっていうことはいちばんふかい罪なの」と語り、「いのちにかえても、すべきことではない」とつぶやく。背負いきれない過去のトラウマに押しつぶされたおキミは、精神科の病院で死んだ。
「からゆきさん」たちは、貧しい家の生まれだった。家族が生きるために、彼女たちは養女として出され、貨物船に詰め込まれ、見知らぬ土地で男たちの性欲の相手をさせられた。それから100年あまり――。いま再び貧困から売春をする女性たちの存在が取り沙汰されており、中村淳彦によれば、韓国人はもちろんのこと、脱北者や中国朝鮮族の女性たちまでも体を売るために来日しているという(『日本人が知らない韓国売春婦の真実』宝島社)。貧困、格差、越境……「からゆきさん」少女たちの姿は、現代の女性たちに重なるだろう。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
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