重力も人種の壁も乗り越えて、自由になりたい! ナチスと闘った黒人選手の葛藤『栄光のランナー』
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ベルリン行きを断るべきか揺れ動くジェシーに、自分の気持ちに素直になるよう声を掛けたのは、ライバル選手のピーコック(シャミア・アンダーソン)だった。同じ黒人選手として100m走をコンマ差で競い合ったピーコックだったが、下半身の怪我で選手生命が絶たれていた。「オリンピックに出場して、ヒトラーの鼻をあかせ」とピーコックはジェシーの背中を押す。ピーコックにとってもジェシーにとっても、100mを走るわずか10秒の世界こそが、人種も生い立ちもすべてのしがらみから解き放たれて自由になることができる特別な時間だった。わずか10秒間の自由を求めて、ジェシーはヒトラーが待つベルリンへの渡航を決意する。
物語後半は、いよいよベルリンでの対決編だ。巨大スタジアムには大観衆が詰め寄せていた。海外遠征に慣れていないジェシーは、走り幅跳びの予選で2度続けてファウルを犯してしまう。絶体絶命のピンチに追い込まれたジェシーに近寄り、さりげなく緊張感を解きほぐしたのは、ドイツ代表の白人選手ルッツ・ロング(デヴィッド・クロス)だった。優勝の大本命が予選で消えては、欧州王者のルッツとしても面白くない。ルッツの気遣いで、平常心を取り戻すジェシー。結果、ジェシーは走り幅跳びで五輪記録を打ち立てて金メダルを獲得。銀メダルとなったルッツと表彰台で並び、がっちりと抱き合う。スポーツマンらしい2人の友情に、スタジアムの観客は拍手喝采を送る。だが、ヒトラーはジェシーの活躍が面白くない。勝利者ジェシーを祝福することなく、スタジアムから去っていく。
オリンピックは常に国際情勢が影を落とす。ヒトラーは五輪をナチスのプロパガンダとして活用し、ヒトラー政権と対立する米国やイギリスはボイコットをちらつかせ、五輪を政治の場に巻き込んだ。まだ記憶に新しい北京五輪も、中国のチベット迫害が問題視され、聖火リレーや開会式のボイコットが呼び掛けられた。1980年のモスクワ五輪では、ソ連のアフガニスタン侵攻を非難する米国をはじめとする多くの西側諸国は不参加を表明し、日本政府もそれに従った。このときの日本の男子マラソンは瀬古利彦、宗茂、宗猛と史上最強メンバーを擁し、日本勢によるメダル独占の可能性もあったが、彼らが流した膨大な汗と血尿は実を結ぶことなく終わった。ひどく肌寒い夏だった。
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