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『FAKE』公開記念ロングインタビュー

二極化する世界への違和感──『FAKE』森達也が“ゴーストライター”佐村河内守を撮ったワケ

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■当たり前だけど、全部グラデーションなんです

――やっぱりみんな気になるのは「耳は聞こえるのかどうか」「作曲しているのかどうか」という点だと思いますけど、森さん自身はこの疑惑に対して、どういったスタンスで撮影をしていこうと思っていたんでしょうか?

 うーん、事実なんて僕にはわからないですから。それまでいろんな報道を見てきて「ずいぶんウソをついている人なんだな」と思っていたけど、実際に会って話を聞いたら「そうではない」と彼は言う。それで、映画の中にも出てくるいろんな資料を見せられたりして……。それ自体には強い興味を惹かれなかったんですが、一生懸命それを説明している彼と、手話通訳する奥さんと、向こうにいる猫と……その状況が面白かったんです。

 まあ、いずれにしても、「どっちが正しい、どっちが間違っている」と決めつけるメディアや社会に対して、違和感があったことは確かです。佐村河内騒動が起こるちょっと前に、食品偽装問題ってあったでしょ? 大正エビと思って食べていたら、別のエビだったからけしからんとみんなは怒っていた。でも、おいしければどっちでもいいじゃんと思うんだけどね。STAP細胞騒動もほぼ同じ時期です。それから朝日新聞の従軍慰安婦報道騒動。あの時は産経、読売……とほぼ全メディアが、「国賊」とか「反日」などの語彙を使いながら朝日を罵倒しました。でも「吉田証言」を根拠にした記事を出したのは、ほかのメディアも同様です。確かに朝日は回数が少し多かったかもしれないけれど、それを理由になぜここまで無邪気に叩けるのか、僕にはさっぱりわからない。

 これら全部に共通していることは、真実か虚偽か、正義か悪か、極端に二分化されているということです。それがとても気持ち悪くて。現実ってそんな単純なことじゃないはずなのに、なんでこんなに二極化が進行しているんだろうっていう気持ちがあったんですね。

 もしかしたら、彼を撮ることで、そういうことに対しての違う視点みたいなものを提示できるんじゃないか……という、直感みたいなものがあったのかもしれないですね。……まあ、半分は後付けの理屈だけど。

――ネット時代になって価値観が多様化したかと思いきや、「叩いていいぞ」っていう人が出てきたらみんなで一斉に叩きまくって、擁護する人間は許さない……みたいな傾向は強くなっていますよね。

 葉っぱを絵に描こうと思った時に、緑色の絵の具をそのまま使う人はまずいないでしょ? そこに茶色を足したり、黄色を足したりするじゃないですか。それがリアルであって、世界なんです。でも今のメディアは、わかりづらいとの理由で、情報を四捨五入して簡略化してしまう。その帰結として、世界が原色になる。雪は白だし空は青。つまり世界が矮小化される。ならば、それこそがフェイクです。しかも扁平。どんどん世界がつまらなくなって、息苦しくなっているなと感じています。別に、みんなが「黒だ」と言っていることを「白だ」と言うつもりはないけれど、「もっと間にいろんな色があるんだよ」とは言いたいですね。

――聞こえる、聞こえないの間に、いろんな要素があるということを言いたかったと?

 佐村河内さんの症状は、「感音性難聴」です。聞こえる音と聞こえない音があるらしい。たとえば、こういう音(机をコンコン叩く)は聞こえるんですね。彼は「曲がって聞こえる」と言っていますが。体調によっても、聞こえる日と聞こえない日があったり。それに彼は口話ができるから、相手の口の動きで、言っていることが読み取れたりもする。でも、初対面の相手だとほとんど読み取れない。……だから、全部グラデーションなんです。さまざまな色があるんです。当たり前のことだけど、1か0かじゃない。

 でも、メディア的には「聞こえるか聞こえないか」になってしまう。それまでは「全聾の天才作曲家」と呼ばれ、騒動後は「聞こえているのに聞こえてないフリをしていたペテン師」です。間の領域が見事にない。

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