“霊性の震災学”と共鳴する樹海奇譚『追憶の森』自殺の名所でマシュー・マコノヒーは何を見た?
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木が生い茂る樹海をしばらく歩くといい感じの場所があり、アーサーはペットボトルの水で睡眠導入剤を口の中へと流し込む。しばらくすれば、思い残すことなくあの世へ旅立つことができるはずだった。ところがアーサーの視界にひとりの男の影が映る。サラリーマン風の中年男・タクミ(渡辺謙)は数日間樹海を彷徨っているらしく、全身傷だらけ状態だった。アーサーは見ず知らずの日本人男性のことが放っておけなくなる。人間には睡眠欲、性欲に加え、集団欲があるというが、アーサーは死に際に至って、ひとりでいられず、タクミのほうへと駆け寄っていく。
タクミを樹海の外へ連れ出してから、改めて自殺し直そう。そう思ったアーサーだが、ついさっき入ったばかりの樹海の入口がもう分からなくなっていた。男2人でどこまでも続く樹海を歩き続けることになる。タクミは英語が堪能で、アーサーはタクミの身の上を聞かされる。タクミは一流企業の部長職に就いていたが、仕事上でミスを犯し、反省部屋送りとなっていた。反省部屋で過ごす無為な日々に屈辱を感じたタクミは樹海に来たものの、残してきた家族のことを思うと死に切れなかったと打ち明ける。自殺を思い立ったアーサーとタクミは、次第にお互いの胸の内を明かすようになっていく。
スイスの心理学者ユングは、人間は一人ひとり無意識レベルで繋がっていると考え、そのことを集団的無意識と名付けた。ユングの説によれば、ひとりの人間の持つ意識はとてもちっぽけなもので、無意識の海で揺れる小舟のようなものらしい。かなりの量の睡眠導入剤を呑んでいたアーサーは、樹海を彷徨っているうちにどうやら集団的無意識の世界に足を踏み入れてしまったようだ。根を張り、枝を伸ばした樹木たちが絡まる様子は、まるで脳内の神経網のように感じられる。朦朧とする意識の中でアーサーは、傷つけ合うだけの関係に陥っていた妻ジョーンと掛け替えのない時間も過ごしていた記憶が鮮明に蘇る。別れる前に、彼女の好きな季節や好きな色を聞いておけばよかった。自分が愛した女性のことを自分はちっとも知らなかった。人生の迷子になってしまったアーサーだったが、自殺することに後悔の念が生じていく。標高1000mの高さにある樹海は、日が沈むと急激に冷え込む。原始時代さながらの闇夜をタクミと共に過ごすうちに、アーサーの心は少しずつ浄化されていく。
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