“霊性の震災学”と共鳴する樹海奇譚『追憶の森』自殺の名所でマシュー・マコノヒーは何を見た?
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タクシー運転手は不思議に思った。初夏にもかかわらず、女性客は厚手の冬服を着ていたからだ。行き先を尋ねると、女性客は被災の激しかった地名を告げた。運転手が「あそこはもう更地ですよ」と答えると、女性客は「私は死んだのですか?」と呟き、その姿を消した。今年1月に刊行されて話題を呼んだ『呼び覚まされる霊性の震災学』(新曜社)では、被災地のタクシー運転手たちが震災後に不思議な体験をしていること、また運転手たちはこの幽霊現象で出会ったお客たちに敬意を払っていることを伝えている。東北学院大学のゼミ生たちが『霊性の震災学』の調査をしていた頃、米国でも死生観をテーマにした一本の映画の製作が進んでいた。ガス・ヴァン・サント監督の『追憶の森』(原題『The Sea of Trees』)がそれだ。『追憶の森』では心に傷を負う米国人が、日本で不思議な体験をすることになる。『霊性の震災学』に通じるものを感じさせる。
ガス・ヴァン・サント監督はこれまでにコロンバイン高校銃乱射事件を描いた『エレファント』(03)やカート・コバーンの自死に触発された『ラストデイズ』(05)など、死に魅了された若者たちの物語を手掛けてきた。『永遠の僕たち』(11)では加瀬亮が特攻服を着た日本兵の幽霊として登場した。時代と共鳴するナイーブな感性を持つガス・ヴァン・サント監督の新作『追憶の森』の舞台は、日本が誇る霊峰・富士山の麓に広がる青木ヶ原だ。『完全自殺マニュアル』(太田出版)の発売以降、自殺の名所として日本だけでなく海外にも知られるようになった樹海で、人生に疲れてしまった男たちが出会い、奇妙なドラマが奏でられる。『ダラス・バイヤーズクラブ』(13)のマシュー・マコノヒーと『硫黄島からの手紙』(06)の渡辺謙に加え、スマトラ島沖地震を扱った『インポッシブル』(12)での半裸状態の熱演が光ったナオミ・ワッツが共演という豪華キャストでも注目されている。
物理学者のアーサー(マシュー・マコノヒー)はすっかり生きる気力を失っていた。大学の非常勤講師をしているが、不動産業をしている妻ジョーン(ナオミ・ワッツ)のほうが遥かに稼いでいる。仕事で忙しいジョーンはアルコール依存状態で、酔うとアーサーの稼ぎが悪いこと、前の職場で浮気したことを責めた。ささいなことでジョーンはすぐに怒り、夫婦仲はボロボロだった。難しい数式は簡単に解いてみせるアーサーだが、こんがらがった男女の仲を修復することはできない。アーサーはインターネットで見つけた日本の人気自殺スポット・樹海へと向かう。樹海の入口には数カ国語で自殺を思いとどまるようにと立て札が掲げてあるが、自殺を決意したアーサーの目には留まらなかった。
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