3.11後の格差社会、上から見るか下から見るか? 岩井俊二の帰還『リップヴァンウィンクルの花嫁』
#映画 #パンドラ映画館
震災をきっかけに岩井監督は帰国し、日本社会にもう一度向き合うことにした。日本社会に大きな打撃を与えた津波そのものをテーマにすることも考えたが、岩井監督ほどの才人でもあの大震災をすぐにはフィクション化することはできなかった。そこで生まれたのが、3.11後も依然として存在し続ける保守的な日本社会をこれまでとは異なる視点で見つめてみようという物語だった。この国を長い間支えてきた、でももうあちこちに綻びが生じている終身雇用、婚姻制度、家族関係、そして3.11後によりあらわになった格差社会を、ひとり若い女性の目線を通して岩井監督は見つめ直していく。
主人公の七海(黒木華)は学校の教師。とはいっても臨時教員で、生活は不安定極まりない。七海の自信のなさを生徒たちは見透かして、笑いのネタにして楽しんでいる。七海は出会い系サイトで知り合った男性・鉄也(地曵豪)と慌ただしく結婚し、先方の母親(原日出子)の希望で専業主婦となった。臨時教員をクビになった七海には願ったり叶ったりだった。スマホひとつで七海は、主婦という立場と快適なマンションでの生活を手に入れた。だが、簡単に手に入れた幸せは、失ってしまうのも一瞬だった。夫と義母から七海は浮気を疑われ、マンションから追い出されるはめになる。七海はワケがわからないまま、幸せな新婚生活から不幸のどん底へと転落していく。
食べていくために七海は、SNS仲間である“なんでも屋”の安室行舛(綾野剛)の紹介で、赤の他人の結婚披露宴に出席する代理家族をはじめとする怪しいバイトに手を染めることになる。日雇いでのバイト生活に加え、借金も背負い、不幸が雪だるま式に膨れ上がっていく。でも、代理家族のバイトでは、血の繋がりのない初対面の人たちと家族を演じ合い、七海は心地のよさを感じる。七海の姉を演じた自称“売れない女優”の真白(Cocco)という面白い女性とも仲良くなった。教師や専業主婦をしていた頃は、自分が他人からどう見られているかばかり気にしていたが、今はその日その日を生きるのが精一杯で他人の視線を気にする余裕すらなくなった。下流へ下流へと沈んでいくうちに、七海の人生は底抜けに愉快なもの、ワクワクするものへと変わっていく。
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