寅さんの系譜を現代に継ぐ、流れ者キャラの誕生──ロケ現場で様々な伝説を残す男『俳優 亀岡拓次』
#映画 #パンドラ映画館
ぬる~い役者人生を送るカメタクの前に、舞台俳優として有名な大女優・松村夏子(三田佳子)が立ち塞がる。珍しく舞台に出演することになったカメタクは初めて夏子と共演するが、映画と違って舞台は生理的にどうも違って、うまく馴染めない。好きな役者稼業で食べているカメタクにとっての大試練である。舞台上で刃物を持って仁王立ちする夏子に対し、カメタクは格闘家のようにするするっと背後に回り込み、無我夢中で夏子の胸をもみしだく。『Wの悲劇』(84)や『極道の妻たち 三代目姐』(89)で猛禽類系の女性フェロモンを放っていた大女優のおっぱいを揉むという、選ばれし者の恍惚と不安をこのときのカメタク=安田顕は味わう。『俳優 亀岡拓次』の女たちは生活用品であり凶器にもなる包丁を持ち、男たちは旅に生きるというロマンスの花束を手に生きている。男と女はそれぞれの手に花束と包丁を持ってダンスを踊る。男と女がお付き合いすることの奇妙なアンバランスさとそれゆえの面白さを横浜監督はやんわりと描いてみせる。
『男はつらいよ』の寅さんは同じ流れ者のリリーさん(浅丘ルリ子)と周囲も認める仲だったが、でもやっぱりお互いに自由に生きる道を選ぶことになる。カメタクは寅さんほどの確固たる人生哲学は持ち合わせていないが、実のない生活を送っていることで、逆に映画やドラマという虚構の世界で生き生きとした存在になれることを自覚している。そんな自分が所帯を持っても大丈夫だろうかと、ふとカメタクは悩む。でも、ロケ先でどうしようもなく思い浮かべてしまうのは安曇さんのことだ。地方ロケが終わったカメタクは、安曇さんのいる信州の小さな居酒屋へと向かう。バイクに乗って突っ走る。走る、走る。名前は亀だが、カメタクはオムツを穿いて、ノンストップで安曇さんのもとへと走る。ありあまるほどのロマンスはいらない。たった、ひとかけらのロマンスがあればいい。目の前に咲く小さなロマンスを求めて、カメタクはひたすら走り続ける。不器用だけど、目の前のことに夢中になれる。カメタクはそんな幸せな男だ。
(文=長野辰次)
『俳優 亀岡拓次』
原作/戊井昭人 監督・脚本/横浜聡子 出演/安田顕、麻生久美子、宇野祥平、新井浩文、染谷将太、浅香航大、杉田かおる、工藤夕貴、三田佳子、山崎努 配給/日活 1月23日(土)より北海道先行公開、1月30日(土)よりテアトル新宿ほか全国公開 (c)2016「俳優 亀岡拓次」
http://kametaku.com
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