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『あまちゃん』『その街のこども』の井上剛監督インタビュー

井上監督が語る『あまちゃん』とトンネルの向う側 音楽ロードムービー『LIVE!LOVE!SING!』が劇場公開

livelovesing-movie02『ソロモンの偽証』(15)で迫真の演技を見せた石井杏奈、NMB48の木下百花ら若手キャストによるロードムービー。神戸出身の渡辺大知は音楽教師役。

■『あまちゃん』では描かなかったトンネルの向う側

──朝海たちは故郷の町が立入制限区域に指定されて、ゴーストタウン化した現状を目の当たりにする。また旅の中でいろんな人たちと出会うことで成長し、それまでとは異なる風景を感じられるようになっていく。福島のロケシーンはドキュメンタリーを観ているようでした。

井上 若いキャストたちに対しては、こちらから細かく演出するのではなく、廃屋の前まで彼女たちを誘導し、どんなリアクションをするのかをカメラに収めました。彼女たちは瓦礫の中にあったミッキーマウスのぬいぐるみを見つけて「あっ、ミッキーだ!」と叫ぶんです。大人としては「おい、そこか?」と思ってしまうんですが、でも言葉でうまく表現できないだけであって、彼女たちも心に痛みは充分に感じているわけです。それで「何か言わなくちゃ」というときに「あっ、ミッキーだ!」と出てしまう。大人とは異なるリアクションをなるべく収めるようにしましたね。旅に同行する教師役の渡辺大知は放射能の怖さを知っているので、立入制限区域内では無闇に物に触ろうとしません。それに対し、朝海たちは自分の故郷なので平気で路上にしゃがみこみ、家屋に入っていこうとする。若いキャストたちは役そのものになりきっていましたね。

──『あまちゃん』にも磯野先生役で出演した皆川猿時は、まるで『不思議な国のアリス』に登場するチェシャ猫のような役。彼の登場でドキュメンタリータッチのドラマがファンタジックなものへ変わっていく。

井上 皆川さんじゃなかったら、あそこまでこのドラマをジャンプさせることはできなかったでしょう。飛び道具ですね(笑)。たった1カットの中に、笑いと哀しみとファンタジーと、それにヤケクソ加減を交えて演じてくれた。決して自分から愚痴をこぼすような人ではありませんが、あの役は大変だったと思います。皆川さんのお陰で、制限区域内で行なったライブもすごく盛り上がった。実際に町から避難している住民の方たちに、ひと晩だけ撮影用に特別許可をもらって集まってもらったんです。避難後、初めて住民の方たちは顔を合わせ、ライブシーンは大変なハイテンションでした。『あまちゃん』の劇中曲「潮騒のメモリー」を手掛けたSachiko Mさんが作曲したオリジナルソング「ギグつもり」のヤケッパチな歌詞とおかしな振り付けを、みなさん面白がってやってくれたんです。

──『あまちゃん』ではユイ(橋本愛)はトンネルの向う側、震災直後の被災地を目撃しますが、ドラマとしては生々しく被災地を描くことはしなかった。本作はトンネルの向う側を正面から映し出した作品と言えそうですね。被災地の復興は全然進んでいない。でも、顔を上げるとそこには大きな青空が広がっている。

井上 あぁ、ユイが立ち止まったトンネルですね。撮影中は「トンネルの向う側を撮ろう」という意識はありませんでしたが、確かにそうかもしれませんね。震災から時間は経過したけれど、被災地は何も変わっていない。無人化した町は震災直後に時間が止まって、そのままの状態なんです。その一方、あちこちに雑草が生い茂り、残酷なほど緑に覆われている。鳥も多く、震災を生き残った生き物たちもいっぱいいる。観る人によって、いろんな風景が見出せると思います。

──やはり、『あまちゃん』と本作は繋がっている作品だと言えそうですね。最後に『あまちゃん』の続編を望む声も多いと思いますが、そういった声にはどう答えているんですか?

井上 よく尋ねられますが、続編はないでしょう。宮藤さんや大友さんたち『あまちゃん』のスタッフと顔を合わせても、続編の話はしませんね。『あまちゃん』が面白かったのは、毎日15分間という時間の中でくだらないことをやっていたから良かったと思うんです。スペシャルドラマや劇場版という形でやったら、「こんなくだらないことを延々とやるなんて。時間と金を返せ」と怒り出す人が出てくると思いますよ(笑)。でも、『あまちゃん』のキャストとまた仕事ができるなら、それはやってみたいです。能年さんみたいな才能の持ち主は希有ですよ。あんないい役者はそうそういません。『あまちゃん』とはまた別の作品でご一緒できる機会あれば、ぜひやりたいですね。
(取材・文=長野辰次/撮影=名鹿祥史)

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『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』
監督/井上剛 脚本/一色伸幸 音楽/大友良英、Sachio M
出演/石井杏奈、渡辺大知、木下百花、柾木玲弥、前田航基、津田寛治、二階堂和美、皆川猿時、ともさかりえ、南果歩、中村獅童
配給/トランスフォーマー 1月16日(土)よりフォーラム福島、シネマート心斎橋、元町映画館にて先行公開、1月23日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
(c)2015 NHK
http://livelovesing-movie.com

●いのうえ・つよし
熊本県出身。1993年にNHK入局。代表作として劇場公開もされた『その街のこども』(10)、社会現象となった『あまちゃん』(13)などがある。その他、『クライマーズ・ハイ』(05)、『ハゲタカ』(07)、『てっぱん』(10)、『64(ロクヨン)』(15)など数多くのテレビドラマの演出を手掛けている。

最終更新:2016/01/15 17:00
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