アブラカス、ホルモン、焼肉……差別された人々のソウルフードとは?『被差別のグルメ』
#本
“被差別部落”という言葉を聞いたことはあるだろうか? 現代の日本社会では、あまりピンとこないかもしれないが、身分的、社会的に差別された人々が集まって暮らす地区のことだ。
今回紹介する『被差別のグルメ』(新潮新書)は、そんな被差別部落=“路地”で生まれた“ソウルフード”を追ったノンフィクションである。著者で作家の上原善広氏は、大阪の更池(現・松原市南新町)という路地出身で、2005年に海外の被差別グルメを中心に紹介した『被差別の食卓』(新潮新書)でデビューした。その当時は、国内の路地について書くには、まだあまりにもタブーが多かったため、海外を中心にした内容となった。しかし、今回は時代の移り変わりや、長年の調査の結果、自分なりの答えが出たということで、被差別グルメの国内版として発売された。
第1章には、上原氏が生まれ育った大阪の路地で食べられてきた“アブラカス”という食べ物が登場する。これは、牛の腸をカリカリになるまで炒り揚げたもので、見た目はまさに腸そのもの。しかも、よそ者を寄せつけないほど、独特の味と風味を持つ。これが路地では、煮物などの風味付けに使われてきた。だが、このアブラカスはかつて食卓に並べるだけで出自がばれ、離婚騒動にまで発展することもあるほど、危険をはらんだ料理だった。
そもそも、死んだ牛を解体したり、屠殺することは、汚穢(おわい)意識から、身分の低いものが行っていた歴史があるという。1820年代頃の文政時代、更池では牛を密殺した罪に問われた「落とし牛の罪」で数人が捕縛された記憶も残っている。今でこそ「ホルモン」と名づけられた内臓を食べる習慣も、牛や馬の皮なめしをする際に副産物として出てきた食肉を使った、路地ならではの食文化だったのだ。そんな歴史を経て生まれた日本の焼肉のルーツには、路地と在日韓国・朝鮮人の食文化が大きく関わっているという。本書では、その成り立ちや経緯、精肉だけでなく内臓まであますことなく使い、タレをつけて食べるというスタイルになった理由などが深く掘り下げられている。
このほかにも、アイヌ料理や、現在の樺太やサハリン南部に住んでいた北方少数民族の料理、沖縄本島から“島差別”を受けていた沖縄の島々の食文化についても綴られている。差別を受けてきた人々の歴史とそれに付随した食文化とは、一体どのようなものなのか? 食に対する見方が大きく変わる、一冊になるはずだ。
(文=上浦未来)
●うえはら・よしひろ
1973年大阪府生まれ。大阪体育大学卒業後、ノンフィクション作家となる。2010年『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『被差別の食卓』『聖路加病院 訪問看護科―11人のナースたち』『異形の日本人』(すべて新潮新書)、『私家版差別語辞典』(新潮選書)など。
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