ヤクザのいない清潔な街は本当に居心地いいのか? 東海テレビのドキュメンタリー『ヤクザと憲法』
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ヤクザには人権は認められないのか。日本国憲法にはすべての日本国民は基本的人権と平等が守られることが明示されているが、ヤクザには適用されないのか。2004年から2011年にかけて暴力団排除条例(暴排条例)が全国で施行され、ヤクザたちの生活は追い詰められている。暴排条例は社会から暴力団を締め出すことを目的としたもので、一般市民が暴力団と関わることも規制している。だが、そのために暴力団の構成員は銀行口座をつくれず、小学校に通う子どもの給食費を振り込むこともできない。子どもが通う幼稚園の行事に参加できないだけでなく、子どもまで幼稚園からの退園を余儀なくされた。そんな笑えない事態が生じている。ヤクザを排除してクリーンになった街は、本当に住み心地がよいのか。『男はつらいよ』でテキヤ稼業をしていた寅さんが転職を迫られる世の中は歓迎すべきものなのか。東海テレビ製作のドキュメンタリー『ヤクザと憲法』は、ヤクザたちの日常生活を通して日本国憲法の在り方を見直そうという野心的な作品となっている。
ヤクザを社会の害虫と決めつける前に、まずはヤクザの生態について理解してみよう。『ヤクザと憲法』を企画した東海テレビの土方宏史(ひじかた・こうじ、土は正しくは土に、)ディレクターはカメラマンを伴って、大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」の事務所を訪問する。何とも怖いもの知らずの土方ディレクターは、ドロップアウトした元高校球児たちの受け皿としてNPO法人のクラブチームを立ち上げた理事長が借金地獄に陥る姿を追ったおかしなドキュメンタリー『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(14)で監督デビューした、相当にユニークな人物だ。最初に「二代目清勇会」と取り決めが交わされる。1)取材謝礼金は支払わない。2)収録テープは事前に見せない。3)モザイクは原則かけない。組のトップが取材OKしたことで、暴力団事務所の隅々にまでカメラが入る。二階の事務所スペースには監視カメラのモニターが並び、若手組員たちが外部を見張っている。三階は“部屋住み”と呼ばれる若い衆たちの居住空間を兼ねており、広間の壁には「任・侠・道」という大きな筆文字が飾られている。きれいに整頓された部屋の本棚にはヤクザ関連のノンフィクション本などと一緒に、『犬と私の10の約束』や猫の図鑑なども並んでいる。ヤクザたちも、犬や猫といったかわいいいものに癒しを感じるらしい。
いかつい風貌の組員たちの中で、逆の意味で部屋住みのひとりの若者が目立っている。丸坊主頭の彼はまだ21歳。いまどき珍しいほどの純朴キャラで、ボランティア団体のほうが似合いそうな気がする。どうやら彼はあまりに純粋すぎて、学校生活で辛いめに遭い、自宅に引きこもっていた時期もあったようだ。そんな彼は昔ながらの義理と人情で生きる任侠の世界に憧れ、自分から志願して扉を叩いた。マジメだが器用ではない彼は先輩組員からドヤされることも少なくないが、それでも自分の居場所を見出そうと懸命にがんばっている。学校や家庭では得られなかったものが、確かにここにはあるのだ。大晦日の夜、ガランとした事務所で彼は、ソフト帽を被ったダンディーなオジキと一緒に日本酒を呑み交わす。このオジキは日本国籍を持っていない。若者はオジキから「滑舌が悪い」とたしなめられているが、若者はそんなやりとりさえも楽しげである。口うるさい親戚のオジさんと一緒に留守番を任された大家族の末っ子みたいに映る。ヤクザ組織とは社会からはみだしてしまった者たちが疑似家族化した集団であることを強く感じさせるシーンだ。反社会的勢力として括られる彼らだが、一人ひとりは温もりを欲している心寂しい人間であることが分かる。
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