実在した“神の一手”天才チェスプレイヤーを、トビー・マグワイアが好演!『完全なるチェックメイト』
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今週取り上げる最新映画は、米ソ冷戦下で代理戦争として世界が注目したチェス対決と、1世紀前のアルメニア人大虐殺をそれぞれ描くドラマ2作品。主人公の生き様を通じて知られざる歴史の裏側を照らし出す、名監督たちの手腕を堪能できる力作だ。
『完全なるチェックメイト』(公開中)は、トビー・マグワイア主演で天才チェスプレイヤー、ボビー・フィッシャーの半生を描く伝記ドラマ。ニューヨークで幼少時代からチェスの才能を開花させたボビーは、15歳で史上最年少のグランドマスターに。何度も引退と復帰を繰り返したり、突飛な言動で周囲を振り回すボビーだったが、20代後半に国際大会で勝利を重ね、ソ連が誇る世界王者ボリス・スパスキーへの挑戦権を獲得。時は米ソ冷戦期の1972年、全24局の「世紀の対決」は、両国の威信をかけた代理戦争の様相を帯び、世界中にテレビ中継される。だがボビーは、極限のプレッシャー下で始まった第1局を凡ミスで落とし、第2局をボイコットして、2連敗と追い込まれる。
監督は『ラスト サムライ』(2003)、『ブラッド・ダイヤモンド』(06)の名匠エドワード・ズウィック。フィッシャー対スパスキーの頭脳戦を、表情や目の動き、立ち居振る舞いの繊細な描写でスリリングに再現した。今なお「神の一手」と語り継がれる勝負がハイライトだが、チェス自体の魅力や指し手の独創性が伝わってこないのが少々もどかしい。とはいえ、不世出の天才が挑んだ大勝負が、米ソ両首脳の思惑を含む舞台裏も交えて展開し、思わず手に汗握る観賞になること請け合いだ。
『消えた声が、その名を呼ぶ』(12月26日公開)は、トルコ系ドイツ人の若き巨匠ファティ・アキンが、トルコ最大のタブーといわれる100年前のアルメニア人大虐殺を背景に、生き別れた家族を探す男の過酷で壮大な旅路を描いたドラマ。第1次大戦下の1915年、オスマン帝国辺境の町マルディンで、鍛冶業を営むアルメニア人ナザレット(タハール・ラヒム)は、妻や双子の娘たちと幸せに暮らしていた。だがある日突然、憲兵によって家族と引き離され、砂漠に強制連行される。奴隷同然の労働、無慈悲な処刑をかろうじて生き延びるが、ナイフの傷で声を失ったナザレットは、家族との再会を願い、レバノン、キューバ、アメリカを旅してゆく。
声を奪われた主人公ナザレットは、歴史に埋もれたアルメニア人被害者たちを象徴すると同時に、チャップリンの『キッド』の上映シーンで示唆されるように無声映画へのオマージュでもある。身ぶり手ぶりと筆談で家族の居場所を尋ね、灼熱の砂漠をさまよい、大海を渡り、雪の荒れ地を歩く旅は重苦しく悲痛だが、雄大な景観と美しい音楽による浄化作用も見逃せない。アキン監督が“愛、死、悪に関する3部作”として、『愛より強く』(06年公開、ベルリン国際映画祭金熊賞)、『そして、私たちは愛に帰る』(08年公開、カンヌ国際映画祭脚本賞)に続く最終章と位置づける本作。善と悪の間で揺らぐ人々を見つめる視点は、民族対立や移民の問題、テロ攻撃などの理不尽な暴力に揺れる現在の世界でさらに価値を増している。
(文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉)
『完全なるチェックメイト』作品情報
<http://eiga.com/movie/80083/>
『消えた声が、その名を呼ぶ』作品情報
<http://eiga.com/movie/82696/>
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