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『日は、また昇る。』刊行インタビュー

料理を作って妻の帰りを待つスタン・ハンセン かつての“不沈艦”のリタイア後の驚愕のライフスタイル

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――日本人プロレスラーは、プロレスを人生や生き様として語る人が多いが、あなたはビジネスとして捉えている。この違いをどう感じていますか?

ハンセン プロレスが本当に人生のすべてと言えることはない。自分は初め、学校の先生として働いていて、食えてなくて苦労してた時代もあった。それで少しでも収入を増やすために始めたのがプロレスだから、それが自分のすべてとは言えないね。

――ちなみに、前田日明氏から、あなたへのメッセージを預かってきているんです。「ハンセンと天龍(源一郎)の試合、あんなにタフな試合を見せられたのはあなたと天龍だけで、あんな試合はそれ以降、誰もやっていない」と。

ハンセン 天龍とはタフな試合はしていたし、前田にそういうことを言ってもらえるのは光栄だ! 前田は新弟子時代から知っているけど、そのときから「こいつは違うな、やってくれるな」と感じていたよ。

――ファンの間では、若手時代の前田氏がセコンドにいるときに、ハンセンによく狙われてたっていうのが有名な話ですけど、本当に狙っていたんですか?

ハンセン 前田はなんて言っているんだ? ファンがどう思うかじゃない、彼がどう思うかが大事だよ(笑)。

――聞いておきますね(笑)。今日はありがとうございました!

ハンセン こちらこそありがとう。インタビューを受けられてうれしいよ。

 * * *

 終始穏やかな雰囲気で進んだインタビュー。しかし、最後にカメラマンが「手をあごの前で組んでほしい」とリクエストしたところ、すかさず「NO!」という返事が。その際に見せた一瞬の鋭い眼光は、まさに現役時代の不沈艦のもので、スタッフ一同、一瞬ヒヤっとした。もちろん直後には柔和な表情になったが……。

 ちなみに、インタビュアーの従兄が観戦時にハンセンにブルロープで背中を叩かれたことがあると伝えると「そのイトコはボーイか? だったら彼はそうなるべきだったんだよ」とコメントするも、最後は「彼に『ゴメンナサイ』と伝えてくれ(笑)」という気遣いも。やっぱり優しい人だった。
(取材・文=高橋ダイスケ/撮影=後藤秀二)

●スタン・ハンセン
1949年8月29日、アメリカ・テキサス州ノックスシティ出身。1973年にプロレスデビュー。1975年に全日本プロレスに参戦し、日本デビュー。1977年に新日本プロレスと契約、アントニオ猪木らと名勝負を繰り広げ、その後1981年に全日本プロレスへ。ブルーザー・ブロディとの「超獣コンビ」として人気を博し、シングルでもジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、四天王(三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太)らと死闘を繰り広げる。2001年に現役引退。現在はアメリカ・コロラド州で暮らしている。

最終更新:2016/03/22 15:49
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