皇室、五輪、放尿、滞納つづきの健康保険……曲がり角を過ぎたこの国の物語『恋人たち』
#映画 #パンドラ映画館
放尿シーンも印象深い。お人好しの瞳子は藤田から郊外にある養鶏場に連れていかれ「一緒に養鶏場を経営しよう。お金を用意してくれないか」と頼まれる。藤田が瞳子を騙そうとしているのはバレバレなのだが、今みたいな死ぬほど退屈な生活を続けていくのなら、束の間でも甘いロマンスに酔ってみたいと瞳子は思う。近くの丘に登った瞳子は藤田のいる鶏小屋を見下ろしながら、パンストを下ろして放尿する。タバコを吸いながら、瞳子はとても気持ちよかった。我慢していた尿意から解放された瞬間の快感とジワッとした尿の温かさがスクリーンいっぱいに広がる。毎日無意識のうちに行なっている排泄行為の気持ちよさを本作は教えてくれる。そして、排泄するということは生きている証でもある。橋口監督は排泄行為を、生きているということを愛おしく紡ぎ出す。
生きる希望をなくしたアツシに対し、橋口監督は安易に「生きていれば、そのうちいいことがあるさ」とは口にしない。もはや死ぬことしか考えられなくなったアツシに向かって、アツシの上司である黒田は「君がいなくなったら、僕が寂しい。僕は君ともっと話がしたい」と自己本位な言葉を投げ掛ける。愛する人はいなくなったけれど、自分を必要としてくれている人がまだいたのだ。アツシ、瞳子、四ノ宮はそれぞれ日常生活の中で自分を必要としてくれる存在と向き合うことになる。現役引退を決めたプロ野球選手が、打撃投手やスカウトマンとして第2の人生を歩み始めるようなものだろうか。人間はいちばん大切な恋人や生き甲斐を失っても、それでも人生は続いていく。日本という国は2008年以降、人口が減少し始めた。日本という国はあるピークを過ぎたのかもしれないが、それでもこの国は存在し続ける。アツシたちの前に、これまでの上り坂とは異なる風景が広がっている。
愛を失った恋人たちが暮らすこの社会は、汚水にまみれ、あちらこちらにヒビ割れが目立つようになってきた。でもそんな社会の皮を一枚めくると、熟成されきってズブズブになってしまった恋愛の成りの果てやまだ愛にはならない未成熟な想いといったものがいっぱい詰まっている。自分によく似た恋人たちは失った愛や破れてしまった夢を抱えながら、この世界で生きていくことを選ぶ。
(文=長野辰次)
『恋人たち』
原作・監督・脚本/橋口亮輔 出演/篠原篤、成嶋瞳子、池田良、安藤玉恵、黒田大輔、山中聡、山中祟、水野小論、内田慈、リリー・フランキー、高橋信二郎、大津尋葵、川瀬絵梨、中山求一郎、和田瑠子、木野花、光石研
配給/松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ PG12 11月14日(土)よりテアトル新宿、テアトル梅田ほか全国ロードショー
(c)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
http://koibitotachi.com
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