皇室、五輪、放尿、滞納つづきの健康保険……曲がり角を過ぎたこの国の物語『恋人たち』
#映画 #パンドラ映画館
時代の波に流され、社会から黙殺されている3人の恋人たちとは対称的に、皇室の話題が劇中では度々取り上げられる。日本の皇室は神話の時代から続くこの国の“永続性”を示すシンボルだ。血の存続が優先され、個人の人権や人格は後回しにされる、なかなかしんどい立場にある。そんな永遠に続く家族=皇室をシンボルとして奉る日本社会を底辺から支えている庶民は、もっとしんどい。アツシは最愛の伴侶を失っており、ゲイの四ノ宮はまずノーマルな家庭を持つことはできない。瞳子が嫁入りした家は、退屈すぎて窒息してしまいそう。愛する人もなく、体を休める家庭もなく、3人の恋人たちは何を頼って生きていけばいいのだろうか。映画秘宝2015年12月号のインタビュー記事によると、橋口監督は「映画制作で印税にかんしてのトラブルがあって、お金が入って来なくなり、ふえるわかめちゃんをずっと食べていた」という。何も信じることができず、生きる気力を失いかけていた橋口監督の心情が、アツシたち3人の主人公たちにありありと投影されている。
自主映画出身の橋口監督は、『二十歳の微熱』(92)、『渚のシンドバッド』(95)、『ハッシュ!』(02)、そして『ぐるりのこと。』(08)と寡作ながらマイノリティー側の視座をもつ映画作家として着実にキャリアを実らせてきた。本作では無名キャストを主演に起用することで、企画内容よりも原作の話題性や集客力のある人気キャストを配役できるかどうかに重点を置く今の映画界に疑問を投じるだけでなく、無名キャストたちから熱演を引き出すことで映画にはまだ多くの可能性が残されていることを明示している。また、無名キャストたちの裸の演技に触れることで、本作はスクリーンの向こう側の出来事ではなく、観客にとって非常に身近な物語だと感じさせる。家庭という居場所もなく、愛を見失ってしまった恋人たちは、映画館の中の闇に身を委ねる観客自身でもある。アツシ、瞳子、四ノ宮は、我々によく似ている。
心に沁みるシーンがある。橋梁の検査会社に勤めるアツシは、いつもうつむき加減で、職場でも口数が少ない。そんなアツシに、女子社員の川村(川瀬絵梨)が休憩中に声を掛ける。「会社に暗い人がいると母親に話したら、家に来て一緒にテレビを見ようって言ってました」。劇中に登場することのない川村の母親だが、彼女にはアツシが大きな心のキズを負っていることが見えている。心のキズを癒すことはできなくても、赤の他人と一緒に過ごすことで少しは気が紛れるかもしれないよと娘が勤める会社の同僚のことをこの母親は気遣う。その言葉で簡単に立ち直れるほどアツシのキズは浅くないが、そんな同僚や上司の黒田(黒田大輔)の思いやりが積み重なって、辛うじて彼を支えている。
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