死のリスクを冒してまで人はなぜ登頂に挑むのか? 冒険と人命のカジュアル化『エベレスト3D』
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一方、MM隊のスコットも途中で体調を崩したツアー客を一度キャンプ地に送り届けてから山頂に戻ったため、体力を使い果たしていた。顧客の安全を優先したために、スコットは吹雪の中で身動きができなくなってしまう。母国で身重の妻ジャン(キーラ・ナイトレイ)が帰りを待っているロブは懸命に下山を試みるも、大自然の中で人間はあまりに無力な存在だった。たった今まで天国にいるかのような極楽気分を味わっていたのに、いっきに地獄へと転がり落ちていく。この天国から地獄への落差感が凄まじい。エベレストは人間に生きる喜びを実感させてくれる美しい女神としての顔と冷酷無比な悪魔の顔の両面を持っていたのだ。
キャンプ地まであと300mの地点まで戻りながらも、AC隊とMM隊は合わせて8名の犠牲者を出すこととなった。生還した者も重度の凍傷を負い、トラウマを抱えて生きることになる。この悲劇の後も登山者やシェルパたちの事故死は相次ぎ、エベレスト来訪者たちは未回収のままミイラ化した遺体の数々を横目で見ながら登山するという状況が続いている。危険な商業登山は禁止するか制限するべきという声は少なくないが、多分それは難しいと思われる。ネパール政府にとって、一人当たり120万円を徴収できる登山料は貴重な外貨だからだ。
人はなぜ身の危険を冒してまで、頂点を目指すのか。登頂した際の喜びは何ものにも代え難く、登山仲間とは熱い絆で結ばれる。でも、それらの答えは後づけに過ぎない。人間にはまだ体験したことのないことを味わってみたい、知らない世界を覗いてみたいという願望がどうしようもなくあり、その欲望を法律などのルールによって押さえつけるのは難しい。生と死のギリギリの狭間にある絶景に、人間は憧れる。『エベレスト3D』がもたらしてくれるものは、カジュアル化された臨死体験に他ならない。
(文=長野辰次)
『エベレスト3D』
監督/バルタザール・コルマウクル 脚本/ウィリアム・ニコルソン、サイモン・ボーフォイ 出演/ジェイソン・クラーク、ジョシュ・ブローリン、ジョン・ホークス、ロビン・ライト、エミリー・ワトソン、森尚子、マイケル・ケリー、サム・ワーシントン、ジェイク・ギレンホール
配給/東宝東和 11月6日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
(c)2015 UNIVERSAL STUDIOS
http://everestmovie.jp
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