背景に格差社会への鬱憤も……36人死亡の上海外灘雑踏事故から浮かび上がる、中国の矛盾
さらに、犠牲者のうちの27人が、「外地人」と呼ばれる地方出身者だったことも、この事故の特徴だ。
中国では都市戸籍と農村戸籍という2種類の戸籍が存在し、両者の間には格差が広がっている。同じ上海の街に暮らす中国人であるにもかかわらず、「外地人」と呼ばれる出稼ぎ労働者は、上海人と積極的に交わる機会をほとんど持てないまま日々の暮らしに汲々とするばかり。さらには、上海人は、外地人に対して「公衆マナーを守らない」「就学や就職の機会を奪う厄介者」と反感を抱いている。そんな状況は、外地人にとって上海に対する帰属意識を持てない状況を生み出し、孤独は募る一方だ。だからこそ、カウントダウンイベントは単なるお祭りという以上の意味を持っていた。本書に引用されたネット上の書き込みは、外地人の感情を象徴的に表しているだろう。
「大都市においては多くの外来人口が帰属意識を持てず、仕事に追い立てられ、狭い部屋を借り、たまに休みがあっても行くべきところがなく、お金のかかるところには行けず、孤独で寂しいからこそタダで参加できる活動に加わるのだ。たとえ人が多くとも、しばらくの間、寂しさから逃れることはできる」
華やかな映像やライトで彩られたカウントダウンイベントは、激しい格差の中で劣等感を強いられる外地人にとって、「平等」を感じられる数少ない機会。格差社会の不満が、外灘に外地人を集めていたのだ。
こんな大規模な事故であるにもかかわらず、現場となった外灘・陳毅広場は、すぐさま高いフェンスで閉鎖され、一般人やマスコミの入場が規制された。この場所が、遺族が集まるメモリアルとなり、補償要求に発展するのを防ぐため、行政側は「緑化工事」として数カ月にわたってシャットアウトを強行したのだ。また、ほとぼりが冷めると、ほとんどのメディアではこの事故を取り上げることもなくなり、3月5日から行われた全国人民代表大会でも、李克強首相は外灘カウントダウン事故に触れないばかりか「人民の生命の安全を保障し、良好な社会秩序を守った」と発言している。
さらに、上海市党委宣伝部では厳しい報道規制に乗り出す。「サイトでは一律トップ記事にしてはならない」ことや、「この事故と反腐敗を関連付けることは厳禁する」などの通達が出されたのだ。外灘を抱える黄浦区の幹部たちは、被害者が膨れ上がっているまさにその時に、高級日本料亭で公費を使って食事を楽しんでいた。これに対して批判の声が上がったものの、その詳細について踏み込んだ取材はなされず、闇は広がったままとなっている。メディアの機能不全もまた、事故の風化を助長しているようだ。
痛ましい事故や事件が起これば、「死を無駄にしない」という言葉が聞かれることが通例だが、中国社会の対応を見ていると、むしろ積極的にこの事故を忘れようとしているように見える。先の天津大爆発事故も同様だ。経済成長、格差社会、メディア、行政の問題など、こ背後には、暗くて深い中国の矛盾が広がっているようだ。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
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