“時かけ”に匹敵する新ヒロインが銀幕デビュー! シュールな日常生活『徘徊 ママリン87歳の夏』
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時空をさまようタイムトラベラーを主人公にした『時をかける少女』は、原田知世が主演した実写映画版、仲里依紗が主演した劇場アニメ版&実写リメイク版、それぞれが高い人気を誇っている。繰り返し繰り返し、何度も視聴されている。そんな多くの人たちに愛されるタイムトラベルものに、新たなるヒロインが加わった。大阪府在住、87歳になる酒井アサヨさん、通称ママリンはドキュメンタリー映画『徘徊 ママリン87歳の夏』の中で、過去から未来へと一方通行で流れていく時間の川を遡行して、少女時代や青春時代へとタイムトラベルしていく。ただし、タイムトラベルはママリンの脳内だけの出来事なので、周囲の人間には彼女がどの時代を旅しているのかは定かではない。そのことから珍妙なやりとりが生じる。
ママリンこと酒井アサヨさんは奈良県でひとり暮らしをしていたが、2006年に認知症と診断され、08年から長女・酒井章子さん、通称アッコちゃんが暮らす大阪市北浜のマンションに身を寄せている。この親子の日常生活のやりとりが不謹慎ながら爆笑を呼ぶ。
ママリン ここはどこなの? 刑務所?
アッコ 刑務所ちゃうよ。私の家だよ。
ママリン あっ、そうなの? よかったぁ。で、あんたは誰なの?
アッコ 私は章子。あなたの娘ですよ。
ママリン えっ、本当に? あなた、アッコ姉ちゃんなの? えらく大きくなりすぎましたなぁ……。で、ここはどこなの?
認知症を患う母と介護にいそしむ娘とのやりとりは、本人たちの身になれば到底笑えないはずなのだが、あまりにも息のぴったりと合った親子漫才か不条理劇を観ているようで、試写会では度々笑いの渦が起きた。
認知症や介護を題材にしたドキュメンタリーと聞くと、陰鬱な内容を想像して身構えてしまうが、本作ではママリンとアッコちゃんのとってもシュールな日常生活が、この親子に対する的確な距離感や考え抜かれた画角、緩急をつけた編集によって一種のエンターテイメントとして映し出されていく。2人の間をのんびり行き交う2匹の飼い猫も画面に和みを与えている。本作を撮ったのは神戸在住の映像作家・田中幸夫監督。前作『凍蝶圖鑑』(14)は性的マイノリティーたちを主題にしたドキュメンタリーだったが、世に言う“変態さん”たちが集まるパーティー風景がまるで現代のユートピアのように描かれていた。田中監督は「僕は美しいものにしか興味がない」と語っていたが、本作もその言葉にふさわしい作品となっている。田中監督とママリンの出会いは、その『凍蝶圖鑑』がきっかけだった。
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