トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 『徘徊 ママリン87歳の夏』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.341

“時かけ”に匹敵する新ヒロインが銀幕デビュー! シュールな日常生活『徘徊 ママリン87歳の夏』

haikai_movie02アッコちゃんに見送られて、ママリンはデイサービスへ。アッコちゃんが自由を満喫できる大切な時間だ。

 田中監督「大阪で『凍蝶圖鑑』の公開記念プレイベントをやることになって、大黒屋ミロに連れていかれたのが、アッコちゃんがオーナーをしているギャラリー兼自宅マンションだったんです。アッコちゃんとビールを飲みながら、『私、認知症の母がいて、介護してんねん』みたいな話を聞いていたら、そこにデイサービスからママリンが帰ってきて、あの絶妙な会話劇が始まったわけです(笑)。そのやりとりは親子の繋がりを感じさせ、僕にはとても美しいものに感じられた。僕は正直、認知症や介護そのものには関心がないんです。それよりも、片方が壊れてしまったとき、もう片方はその関係をどう維持していくのか、腹の括り方に興味があったんです」

 当然だが、アッコちゃんとママリンは一緒に暮らし始めてすぐにベテラン漫才師のようなボケ&ツッコミを体得したわけではない。ママリンを引き取ってから半年後、デイサービスを利用するようになり、ようやく息をつけるようになった。それまではアッコちゃんも壊れてしまいそうなほど、ハードな日々が続いた。ママリンは体調がいいときはニコニコしているが、ささいなことで怒り出すと、暴言を吐き、暴れ回り、手が付けられなくなる。目を離すと深夜でも早朝でもマンションを出て、徘徊を繰り返す。介護に追われるだけの生活から脱しようと、フリーの編集者&ライターでもあるアッコちゃんは「本にでもせんと元がとれんわ」と4年前からママリンの徘徊記録を残すようになり、またママリンの言動に、ときにツッコミを入れることで笑いに変え、ときに距離を置いて静かに見守るようになった。

 ママリンは頻繁に「ここはどこ? もう家に帰らないと」という言葉を口にする。アッコちゃんはその度に「ここは北浜にある私のマンション。6年前から一緒に暮らしているんだよ」と説明するが、会話が終わってしばらくすると、再び「ここはどこ? 家に帰る」とループする。アッコちゃんが「どこに帰るの?」と尋ねると、「門司に帰る」という。北九州の門司は、ママリンが生まれ育った街だ。どうやら両親のもとで暮らした少女時代にママリンの脳内はタイムスリップしているらしい。激昂しているときのママリンは施錠されたマンションのドアを「ここから出せ」とドンドン叩く。ママリンにはこのマンションが少女時代に戻ることを阻む刑務所みたいに映るのだろう。カメラはじっと、その様子を捉え続ける。ドンドンドン、ドドンドドン。いつしか、ドアを叩く音がリズムを刻み始める。『無法松の一生』(43)で知られる小倉の夏祭り・祇園太鼓を模したものだろうか。87歳の老女から生まれ育った故郷への想いが溢れ出す様子は、スクリーン越しに観ている我々もせつない気持ちにさせる。ドアを開けたママリンは、今はもういない両親と暮らした故郷を目指してテクテクと歩き出す。
でも、途中で道が分からなくなり、街をグルグルと回り、迷子になってしまう。ママリンは両親の温もりを求める小さな小さな少女へと変わっていく。アッコちゃんは離れた場所から黙って見守っている。

 田中監督によると、その日やそのときによってママリンがタイムトラベルする時代は異なるらしい。「8割は少女時代を過ごした門司の家に帰りたがっているみたいですが、ときどき大阪の下町で看護士として働いていた時代に戻っていることもあるようです。当時はママリンにとって新婚時代であり、アッコちゃんがまだ小さかった頃でもあるんです」と田中監督は説明してくれた。門司の実家を出たママリンは大阪の診療所で見習い看護士として働き始め、やがて正看護士となり、結婚&出産。その後、奈良で暮らすようになったが、1998年にご主人は他界し、その後はひとりで暮らしてきた。両親の愛情に包まれた少女時代、やりがいのある仕事を見つけ、新しい家庭を築き上げた青春&新婚時代にママリンの心は引き寄せられていくようだ。

123
ページ上部へ戻る

配給映画